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『幸恵』 安川有果監督 第2作
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 安川有果監督の第2作目の作品。”桃まつりpresentsうそ”の特集上映にて鑑賞。
 『幸恵』を観るのは今回が2回目となります。
 こうして観直してみると、中年男性(蟷螂襲)と幸恵さん(秋枝友子)の演技の温度差がちょっと気にかかります。あのオジさんの、いかにも演技してます、みたいな”濃さ”は演出意図なのか、そうなってしまったのか?
 年長者をどうやって描くか、が今後の課題でしょうか。

その反面、若い男女は大変生々しく描けていて、ドキドキさせられました。
元彼「お前、一度でも俺のこと好きだったことあるか?」
幸恵「・・・多分、無いと思う。」
このやり取りは、観ていて本当にぞくぞくしました。

 安川有果監督は黒沢清がお好きと聞いています。
 確かにその片鱗は、随所に見受けられます。基本的に固定カメラでありパンもズームもしません。引きの画と長回しが多用されます。向き合って会話する人達を切り返したりもししません。
 車の前面にカメラを置いて延々と車内の男女を撮り続ける場面などは、黒沢清の映画に頻繁に登場する車を思い起こさせます(もっとも黒沢清の映画では、セットの車の中で人物に演技させるという徹底ぶりです)。

■光と音の氾濫
 全編を通して、光と音への感性が研ぎ澄まされているように思います。
 安川有果監督という御方は、恐らく画家的な資質が備わっているのだと思います。風景の中に、いかにして人物を存在させるか。或いは人間をいかにして風景に溶け込ませるか。その場に存在する、光と音と匂いを映像の中に定着させることができるか、ということへの拘りを感じることができます。

 映画の冒頭、幸恵が自室から出てきて、水道の蛇口をひねります。このとき、蛇口から飛び出る水の”ジャーっ”という生活音が異様に強調されます。
 そして幸恵が家から出たとき、画面いっぱいに、美しい夕暮れのウロコ雲が拡がります。このウロコ雲に私は心を打たれます。『カノジョは大丈夫』でのラスト近くの場面転換の際でも見られた、美しい空です(あのときは朝焼けだったでしょうか)。

 もう、その後の展開は光と音の洪水です。
 幸恵がロシア人を探しにいた準備中の店先では、掃除機のバカでかい音がうなりを上げます。
 電車が画面に現れると、信じがたいような凄いショットになります。
 踏切に幸恵が近づくと、遠くから電車が近づいてきます。このときの電車のライトに光の差し込み方が素晴らしい。
 駅で幸恵が電車を待っている場面。遠くから電車が近づいてきたとき、ここでも電車のライトの差し込み方が素晴らしいのですが、幸恵の髪の毛がフワッと舞い上がる瞬間が美しい。感動的なショットです。
 光と音が作用し合った瞬間を画面に収めることへの、美的なこだわりを感じます。恐らく作者は、普段生活していても、こういう光と音が作用する場面に遭遇したら、泣き出したいほど感動する性格なのではないでしょうか(想像で言っています・・・)。

■凄いロングショット
 とても素晴らしいロングショットがあります。幸恵が道を歩いていると、元彼が待ち伏せしています(びっくりパンの撮り方だったと思います)。「最期に話をさせてくれ」と男が頼んで、幸恵と元彼が歩き始める。
 次のロングショットが素晴らしい。男女が歩道橋を歩いてくるのを、横からのロングショットで撮っているですが、不意打ちのような空間の拡大ぶりが大変素晴らしいのです。この引き画を観て、安川有果監督という才能を信じられると思いました。


 と、ここまで書いてきましたけど、でもね、何かが変なですよ。何かが妙なんですよ。
 映画全体に漂う、この違和感の正体は、まだ私には分かりません。
 う~ん中年男が住む部屋の、内部配置が変なのか?ベッドや本棚が、普通あんなところに置いてあるだろうか。あの母と娘の関係性が変なのか、未だに謎は解けません。3回目を観たいです。

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

【2010/05/31 23:43 】 | 自主映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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