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『男たちの大和』 佐藤純彌
yamato  戦艦大和が勇ましく戦う映画と思っていたら全然違っていて、戦艦大和の全体がどんな戦いをしているか、なのではなく、戦艦大和のある一部分の機銃座を巡る少年兵たちの人間模様を描くドラマだった。
 どうして、中村獅童は、病院から脱走して大和に乗ることができたのか、どうして、大和が負け戦を挑みに行かねばならぬ、と一般人まで了解済みなのか、話の設定に少し無理があるような気もちょっとするけど。でも平和な世の中ってつくづく良いなあ。恵まれてます。
●主義主張を込めない
 「お国のために」という意識がほとんど見受けられないように思いました。ある少年兵などは家族を養うために、水兵に志願しています。大和の乗組員はこれから自分達が負けると知っているような・・・。「日本の未来のために負ける」なのです。(長島一茂さん曰く)
 『男たちの大和』には戦争映画に必須なイコンが現れません。天皇陛下の存在無し、軍艦マーチも無し、 軍隊の行進も無し、 出征兵士を見送る人々が、日の丸の国旗を振るというお決まりの群集場面も無し、・・・というか『男たちの大和』に日の丸の旗が出てきた印象がほとんどない。(私の見落としかもしれませんが)。


●戦争のおさらい
 少年兵の目線から戦争を描いていて、中村獅童や反町隆史が絡んでくるのですが、一つ一つのエピソードが断片的でぶつ切りに感じる。沖縄への特攻作戦の意義を巡って、ケンカが急に始まったりとか・・・。中村と寺島しのぶのラブシーンとか、蒼井優をかばって母親が撃たれるシーンとか、もう少し情緒的に盛り上がりそうなものですが、映画全体が淡々と進行していくような気がする。
 「これが最後の上陸となることを誰も知らなかった」って、それを字幕スーパーで説明するのではなく、描写するのが映画なのでは。
 いやこれは戦略なのだ。『男たちの大和』はある種、記録映画なのだ(当時のニュース映像が頻繁に挿入される)。反戦でもない、もちろん戦意高揚でもない。主義主張は込めない。60年前にこの国には、こんなことがありましたよ、という伝達のスタンスを佐藤純彌は取る。
 『男たちの大和』は戦争のおさらいの映画なのかもしれない。戦艦大和の沈没地点にまで観客を連れて行き、死者の魂に想いをめぐらせること。9.11のテロの跡地に観客を誘い、死者の声に耳を傾ける『ランド・オブ・プレンティ』と『男たちの大和』のラストはちょっと似ている気もする。


●凄惨な負けっぷり
 では、敗れること、死ぬこと、殺戮することの、おさらいもしておくべきだ、と。最後の大和の戦闘シーンは予想外に迫力があった。ここに到るまでのドラマのあっさり感とは、明らかに転調している。スプラッタも平気でやる。スピード感を増すためにコマ落としが多用されているが(ハリウッド映画はこの種の戦闘シーンをきっちりとやる)、悲惨さが十分に伝わってきた。途中ですすり泣いていた観客も、さすがにこの場面では静まり返っていた。
 右翼だの左翼だの主張を言う前に、戦争になるということは、ごく身近の人間が凄惨に死んでいくこと、という単純な恐ろしさなのだ。
 大和の負けっぷりが凄い。沈没が間近に迫り、傾いた大和の甲板の上を兵士がザーっと滑り落ちる。ああ、負けるということはこういうことなのだろうか。そうか『プライベートライアン』の冒頭の戦闘シーンは確かに残酷なんだけど、「悔しさ」が足りていなかったのだ。

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

【2006/01/20 11:38 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
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男たちの大和 YAMATO/反町隆史、中村獅童、仲代達矢、鈴木京香
最初は観に行く気はなかったんですよ。ところがこの映画の監督が私のお気に入りの「新幹線大爆破」の佐藤純彌監督だと知って、観に行きたい気持ちが沸々と沸いてきちゃいました。「新幹線大爆破」は高倉健主演の犯罪サスペンスで「スピード」「交渉人 真下正義」の元ネタに カノンな日々【2006/02/11 14:29】
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