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『ナショナルアンセム』再見
 西尾孔志監督の出世作の『ナショナルアンセム』を再び観る機会に恵まれた。僕は今回で2回目だが、前回よりも観ていて興奮してしまった。
 それにしても本作が『呪怨』(清水祟)よりも先に撮られていることに感動してしまう。主人公の妹が病院を連れ出された後に下町の工場みたいな辿りつく。妹の頭上に2階があり、その2階をタタタっと駆け抜ける人物の足だけがカメラに収められるショットがある。これなんか『呪怨』で亡霊の男の子が背後をタタタっと走り抜ける場面に凄く似ていると思うのだが。まぁ偶然の一致かもしれない。
 がしかし『叫』(黒沢清)で医師の父親が自分の息子を殺害してしまい、父親が息子の亡霊に怯える、という場面があることを思い出してしまう。『ナショナルアンセム』では高校教師が自分の教え子を殺害してしまい、教師が教え子の亡霊に怯える場面がある。黒沢清は『ナショナルアンセム』を褒めたと聞く。もしや・・・でもまぁ多分偶然の一致。

 『ナショナルアンセム』には映画史的記憶、それも日本映画の記憶が雑多に散りばめられている。日本映画といっても小津や溝口や成瀬ではなく、黒沢清、北野武、青山真治、小中千昭、鶴田法男、清水祟といった日本映画の新たな夜明けを告げはじめた90年代の記憶が『ナショナルアンセム』のそこかしこに召還されている。鈴木清純の『殺しの烙印』までさりげなく引用されてしまう軽ろやかさ。
 模倣は独創性を欠いた身振りだと思われがちだが、『ナショナルアンセム』においては、私達のごく身近な生活空間で、黒沢を北野武をたやすく現出させてしまう魔術的な手さばきに興奮するのだ。
 が、どうして『ナショナルアンセム』のカメラ位置はどれをとっても素晴らしい。男子学生が歩道橋を歩く場面で、彼の背後に大阪城が写っているという驚愕のショット。起伏の激しい一本道をウネウネと上下しながら走る車を望遠レンズで捉えられた驚愕のショット。映画の冒頭、妹が歩くとすぐ隣でガーっと電車が走るショット。マンションの一室からカットを割ることなく、そのまま窓から眼下を捉えたカメラの移動。因みにその後に続く、乳母車の女性の隣に男が居るという場面は『444』(清水祟)の参照だろうと思われる。
 このように、とにかく一つ一つのカットが絶妙な絵に収まりきっているのである。その適切なカメラ位置を探し出すまでのロケハンにこそ成功の鍵を握っていたのだと思われる。恐らく西尾孔志は関西圏をひたすら歩き回って、絵になるカメラ位置を発見していったのだろう。

テーマ:西尾孔志 - ジャンル:映画

【2007/05/03 20:55 】 | 映画監督 西尾孔志 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
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黒沢清黒沢 清(くろさわ きよし、男性、1955年7月19日 - )は、兵庫県神戸市出身の映画監督、脚本家。六甲中学校・高等学校|六甲高校を経て立教大学社会学部卒業。在学中に兼任講師として映画論講座を受け持っていた蓮實重彦の薫陶を受ける。同ゼミに、当時東京大学|東大の お待たせ!映画ファン「映画監督・評論家編」【2007/09/30 09:55】
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