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『おちょんちゃんの愛と冒険と革命』
ochon.jpg 今、日本映画には重要な「ひろし」が3人だけ存在する。高橋洋、安藤尋、そして西尾孔志、この3人である。この御三方が少なからず接点を持たれていることを最近知って興奮を隠し切れない。
 それはともかく、大阪の心斎橋にあるカフェ裏CO2にて”女の子映画祭”とセットで鑑賞した『おちょんちゃんの愛と冒険と革命』はとにかく面白かった。第一回のCOのグランプリ作品なので観る前から面白いに決まっていると思っていたのだが、こうも面白いとは。
 『ナショナルアンセム』同様に世界の崩壊の図が描かれるが、『おちょんちゃん』では一人の女の子に怪しげな何かを憑依させて、西尾孔志は再び世界の崩壊の引き金を引こうとしている。
 何と言っても主演の上田洋子が素敵だ。方針状態で口が半開きの彼女の表情が忘れ難く素晴らしい。亡霊を従えた彼女(ハナ)を巫女にして、西尾孔志はこの私達の見慣れた世界に亀裂を生じさせる。
 西尾映画の女性は犯されるかもしくは銃で撃たれるかして、きまってロクな目に遭わない。その犯すか撃つかした男性も惨めな末路を辿る。一人の女の子の身に起こった不幸な出来事が、世界の崩壊まで一挙に拡大される荒唐無稽ぶり。ラストは『スペースバンパイヤ』(T・フーパー)の形を借りながら、ハナとおちょんちゃんがひとつに合体する。『ナショナルアンセム』では世界の破綻が個の闘争へと昇華したが、『おちょんちゃん』では、世界の崩壊のさなかにあって、個人の救済がもたらされることになる。

 『ナショナルアンセム』の姉妹がチャーミングな相貌で画面に映っていたことからも明らかなように、また『ナショナルアンセム』のラストは女性の闘争映画に強引にシフトしながらも女闘士がやたらカッコよく見えたように、西尾孔志には女性を撮る才能に恵まれている。それに反して、盲目の老人や宗教家などの男性キャラクターが少し型にはまった感がするのが、少し物足りない気もするだろうか。

 「性的トラウマ」と口にするのは簡単だが、それをどうやって映像表現にするのか。多分、誰がやっても悩むと思われ、またそこにこそ映画作家の力量が試される。西尾孔志は小中理論に即した亡霊演出を呼び寄せた。例えば居酒屋の場面で沖縄民謡を踊るハナを見つめるおちょんちゃんが壁の隅の普通の人間ではありえない位置に立っていたり、診察室の場面でカットが変わったら突如おちょんちゃんが医師の隣に立っていたりする場面がそうだ、。
 が、小中理論を参照しつつも、カットと滞空時間がビデオ撮影でありながら、優れて映画的だ。あるカットに続く次のカットが予想できない、という興奮の体験へと『おちょんちゃん』は観る者を誘うのである。全体的にカット尻が短いためにそう感じられるのではない。あるカットをどのカメラ位置でどれだけの時間をかけて見せればよいかという的確な判断が細部に行き渡っている。
 例えば、UFOを呼ぶ集団を撮るのに、引き絵を選択できる西尾監督のカメラ位置は聡明だ。なおかつサークルの中心が画面のを外れているというセンスの良さ。”一時間後”という字幕の後に、ハナが”はらぎゃてぃ~”、と最も大きな声を張り上げている、というギャグも追加される。
 紙飛行機が飛んだ後に、フレームの外からハナが入ってくる絵ひとつとってみても、ハッとさせられる力がある。ハナがマンションに帰宅してきて、同居中の女がセックスにふけるのを見つける場面の長回しなどもちゃんと決まる。その同居中の女と公園で別れる場面の、あのブランコの撮り方も凄かった。

 さらには、どうやって撮影したのか?と不思議にも思う映像がいくつか存在する。例えば、エイリアンの男に刑事がアリバイを聞きに来る場面で、刑事の去り際に、突如として背景に直後の飛行機が横切るカットなどは、よくもまあこんな凄い絵が撮ることができたと思う。決して偶然ではない。撮影スタッフは飛行機の離陸をずっと待ち続けていたのだろう。或いは夜の歩道橋の場面でハナがもう一人の自分と出会う場面。恐らく『霊の蠢く家』を参照しているのだろうが、カメラがパンして本人と亡霊がワンカットで捉えられるのが感動的だ。
 或いは、ハナがエイリアンの一味とマンションで夜通し過ごした後、ハナが帰る場面。一旦歩道に出た後、エイリアンの男の立ち位置まで戻ってくるのだが、彼らを捉える画面の右半分が遮られて真っ暗になっている。普通、ああいう絵を撮ったら駄目なはずなんだけど、あの妙な画面の余白に何故かしら惹きつけられるものがあるのは、何故だろうか。

テーマ:西尾孔志 - ジャンル:映画

【2007/03/14 10:43 】 | 映画監督 西尾孔志 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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