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『ココロとカラダ』 安藤尋
kokoro 『ココロとカラダ』にいわく言い難い「暗さ」が纏わりついているのは、安藤尋監督が廣木監督の弟子にあたり、ポルノ映画の世界を通過しているからなのかもしれない。だが『ココロとカラダ』で「暗さ」よりも「異常性」が際立っているように思います。本作のヒロインの知美の異常っぷりは『月光の囁き』の水橋研二の異常っぷりにも似てはいないか。

サゾとマゾの高みへ
 知美の行動原理は徹底している。知美の好きな恵子が負った傷を自分も同じように負うというものだ。時制を過去にずらしたラストの場面は、少し解釈しづらいですが、知美はレイプ犯を埋めようとして現場に戻ってきたのだろう。彼女が慕う恵子に傷を与え、許し難く殺す他ない犯人の男を逃がしてしまい、呆然となってスコップを落としたのでしょう。そして知美は嘘を隠し持ったまま恵子の傷を自らにも課してゆく。東京に出た二人の関係はサゾとマゾに変化している。

部屋の薄暗さへの誘惑
 『blue』の安藤監督と撮影の鈴木一博がかくも厳格な演出主義者であったことに、今更ながら気付く。劇的な展開を排除して(総じて劇中人物の発する会話の声には抑揚がない)、室内の居る人物の挙動が長回しで捉えられる。
 『ココロとカラダ』のほとんどの場面はアパートの一室で展開される。アパートの部屋のカーテンはたいがい閉じられており室内は暗い。さらに電気ヒーターが常に点いていて、照明の濃淡が生じやすくなっており、光と影の陰陽が知美と恵子の顔に刻まれる。少女の顔が光に照らし出される。これは...『ヴァンダの部屋』だっ!。
 浴室でシャワーを浴びている知美に、恵子が浴室の外から、己の暗い胸の内を吐露するシーン。浴室の電灯を浴び明るく姿が浮かび上がる知美、対して暗がりで立ちつくす恵子は影だけの存在となっている。かつ光と影の対比が見事。 シャワーを浴びる知美の耳に、浴室の外にいる恵子の声が聞き取れるはずがないが(恵子はぼそぼそと小声で呟くように話している)、彼女達はちゃんと通じ合っている。

水平線のない海
 同じようにラストに海が出てくる『blue』と比して『ココロとカラダ』様相が異なる。『blue』のラストに映し出された海の向こうの水平線が、本作にあって視界に現れることはない。
 『ココロとカラダ』の結末は知美に委ねられる。車内で居眠りからハっと目覚めた知美は、誘拐してきた女の子の居場所を確認しようと身を起こす。そして知美は女の子の姿を確認し「恵子、行こう。」、と台詞を発した後に続く、自動車と海と女の子を捉えたたショット。
 奇妙なことに、女の子のは自動車の隣に位置しており、知美の運転席から姿は見えない場所に居る。知美は女の子を見ずに、海を見つめていた。『blue』の桐嶋はビデオ画像の中に2度とやり直しのきかない過去を見て取っていたが、『ココロとカラダ』の知美はナマの海を見据えていている。彼女の視線は未来を見据えているように思うのだ。

テーマ:日本映画 - ジャンル:映画

【2006/01/14 11:04 】 | 映画監督 安藤尋 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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