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『ペパーミント・キャンディ』
ペパーミント・キャンディ かつて小説家だったというイ・チャンドンの映画は『オアシス』しか観ていなかったので、どんな監督さんなのか、どんな映画に影響を受けてきたのかは良く知らない。
 『ペパーミント・キャンディ』を観るとひょっとして彼は北野武を観ているのか、とまず感じた。いや多分私の思い込みに違いない。無知の恥をさらすだけと分かってはいるが、とりあえず私の思い込みに従って書き綴ってみよう。
 『ペパーミント・キャンディ』でイ・チャンドンはカメラをほとんど動かさない。どっしりとした固定カメラは初期の北野武の構図を思わせる。そして執拗な暴力描写は『その男凶暴につき』を思わせる。拳銃が放たれ車のフロントガラスにひび割れる場面が『ペパーミント・キャンディ』にあるが、北野映画の全ての作品に見られる描写だし、さらには群山での犯人逮捕の追っかけっこの様子は、やはり『その男凶暴につき』の逮捕劇を思わせる。ほかにも、自動車の中で拳銃自殺を図ろうとするのは『ソナチネ』から、自転車がぐるぐる回るのは『キッズ・リターン』を踏まえてのことだろう。ややっ、よく見たらソル・ギョングの顔がどうにも大杉蓮に見えてくるではないか。

 ブラックユーモアを含めた暴力描写にもイ・チャンドンは冴えを見せる。ラジオの告白タイムを流しながら容疑者に口を割らせようとする場面。一夜を共にしたカフェの女性が忘れなくて心ここにあらずのソル・ギョングの車中の隣の席には、顔面血まみれの犯人が座っている。あるいは刑事になって初めて拷問をする場面。優しく、それでいてすがるように犯人を抱きしめていたソル・ギョングが徐々に暴力にシフトしてゆく描写が凄い。暴力と優しさ、または暴力とギャグは紙一重であることをイ・チャンドンは知っている。

 北野武の断片探しはさておき、『ペパーミント・キャンディ』は水の映画である。観れば分かることだが、本作での雨の場面の多さは尋常ではない。ラジオ番組を聞くソル・ギョングの車の窓は雨に打たれ、初恋の女性からの使者がソル・ギョングのバラック小屋みたいな自宅にやってくる場面でも雨がやむことはないし、犯人逮捕に行った群山は雨に濡れている。撮影に一体どれほど大量の水が消費されたのだろう、などと余計な心配をしてしまう。
 ところで雨による水以外に、どうしても見逃してはなるまい、もうひとつの水がある。それは人の顔面をつたう水である。病室で意識不明の昏睡状態にあるムン・ソリの目からこぼれ落ちる涙であり、女子高生を誤って撃ち殺す場面、もしくは刑事になって初めて容疑者を拷問するときのソル・ギョングの目からこぼれ落ちる涙である。

 いずれも痛恨の涙だ。だが映画が後半に進むにつれて雨の場面が無くなってゆく。彼らにとって最も輝いていた、ラストの学生時代のピクニックの晴天ぶりを見てみよう。(恐らく学生による民主化の動きと絡んでいるのかもしれないが)。
 どうして『ペパーミント・キャンディ』に雨の場面が多いのか。韓国上空の天候がソル・ギョングの悔恨と共振していると考えるのが妥当だろう。つまりソル・ギョングが背負ってきた歴史は、韓国の暴力と血と経済発展の歴史とぴったり重なっているのである。
【2006/10/30 01:14 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
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その男、凶暴につき『その男、凶暴につき』(そのおとこ、きょうぼうにつき)は、1989年8月12日公開の日本映画。北野武の映画初監督作。松竹富士配給。映画の企画段階では、監督:深作欣二・主演:ビートたけしの予定だったが、諸事情(表向きには深作監 ミウのブログ【2007/02/11 10:03】
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