
どうして『オー!スジョン』が白黒映画なのかと問われれば、この映画の主題が記憶のあやふやさを巡るものだから、ととりあえず答えておこう。いや或いは冬の映画だからか。まあいい。
前半部はジェフンの、後半部はスジョンの記憶の再現なのだから、色づいた光景が画面に拡がっていては記憶の不確かさが阻害されかねない、というそれなりの配慮だろう。
いわゆる日常を淡々と切り取った映画、というシロモノがそうやすやすと面白い映画になってくれるはずがない、ということは良く知っているつもりだったが、ホン・サンスは素晴らしい。
彼が淡々系映画のかなりの使い手であることは承知のとおりだが、じゃあホン・サンスの映画は他の凡百の淡々系映画とはどこが違うのか。ホン・サンス映画のそこかしこに仕掛けが散りばめられていることに、観客はもっと自覚すべきだ。
「日常のスケッチ」という官僚的な褒め言葉とともに映画作家の個性を分かった気で納得している場合ではない。
カメラは頑として動かさない。人物が立とうが座ろうがお構いなしに、カメラは人物と同じ目線の高さのアイレベルに常に置かれる。リアリティを裏付けるために手持ちカメラを振り回す『ユナイテッド93』とはえらい違いだ。
恐るべきことにあらゆるカットは、画面の手前から奥に至るまで隅々にぴったり焦点が合わせられる。スジョンがジェフンに手袋を渡す公園での場面の、背景の奥行きまでくっきりと判別できる異様にクリアな画面を見よ。これって合成画面かしらと思ったほどだ。ホン・サンスの映画にあっては、背景をぼかしたり、或いは人物だけにフォーカスが合う画面が、私たちの視界に現れることはただの一度も無いのだ。
どこに着地するのか良く分からないリアルな会話が延々と交わされるが、ホン・サンスは会話劇にあって決してカメラを寄らせないし引きもしない。感情的な会話になると役者の顔面アップをふんだんに映し出した『ワー アイ ニー』とはえらい違いだ。
要するにホン・サンスは演出意図が込められているとは思われたくないのだろう。
セックスシーンはホン・サンス映画に必ず出てくるが官能的とはほど遠く、裸の男女が即物的に絡み合っているだけだ。スジョンがいよいよ処女を喪失する場面。ここぞと盛り上がる気配は一切見せず、ベッドで男女がふがふがと交尾にふけるだけの即物感。
テーマ:韓国映画 - ジャンル:映画