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『メーヌ・オセアン』ジャック・ロジェ監督
menu_01.jpgKAVCでのジャック・ロジェ監督上映にて鑑賞。実はシネ・ヌーヴォでも鑑賞済み。
今年最大の衝撃はジャック・ロジェでありました。合計3回も観てしまった。何度見ても面白い。ゴダールやトリュフォーとは全然違う。こういう映画がヌーヴェルヴァーグに存在していたことを今まで知らなかっただけなのですが。『オルエットの方へ』や『アデュー・フィリピーヌ』も勿論凄いのですが『メーヌ・オセアン』はさらに熟練度が増していました。
ジャック・ロジェの面白さは何か?他の何にも似ていない映画なので、比較しようがありません。最初に観始めて数十分立った時点では、カサヴェティスみたいな感じな? 或いは初期のヴェンダースのロードムービーみたいな感じかな?と思いながら観ていたのですが、物語が進むにつれて様相が全然違ってきた。

以降、『メーヌ・オセアン』の凄さについて、書き散らかしています。
お暇でしたら、”続きを読む”をクリックしてお読みください。『メーヌ・オセアン』の即興的な演出を真似て、徒然なるままに書いてみたのですが・・・
出来上がったものをみたら、ダラダラとして読みにくいだけの文章ではないですか。私は自信を無くしました。全然駄目だ。あぅぅ~。
実際、『メーヌ・オセアン』ではベルナール・メネズ(検札長)、ルイス・レゴ(リュシアン)、イヴ・アフォンゾ(プチガ)、リディア・フェルド(女弁護士)、ロザ=マリア・ゴメス(デジャニラ) の6名しか主要な人物が登場しない。この6名で2時間の映画を持たせるのは凄いと思う。

映画の語り口が自由自在。まず、わらわらと劇中人物が出てきて即興的に会話する。会話の中、ものの弾みで何かを次の行動を起こそう、ということになる。で実際にその行動を起こしたら、想定外のことが次々と起こって、横滑りしてゆく。
観客は前フリで期待した展開とはならないのだからフラストレーションが溜まってもおかしくはないのだが・・・、全然そんなことない。予定調和を次々と脱線させてゆく手さばきが心地良いとさえ感じられるくらいだ。

■都合が良い、かつ都合が悪い。
menu_02.jpg誰かにとって都合の良いと思われたことが、すぐさま他の誰かにとって都合の悪いことを招き寄せる。アメリカからメキシコ人プロモーターがやってきて、夜中にデジャニラを皆と共に連れだして、音楽演奏する場面の2転3転する凄さは筆舌に尽くしがたい。”山中貞雄フルコース”と呼びたいくらいのめくるめく展開だ。以降、起こった出来事を書き下してみる。

最初プロモーターが自分でピアノを弾く、となって音楽館みたいなところに行ったのは良いものの実は弾けない⇒その場に居た女教師に替わりに弾いてもらうも上手くいかない。
⇒困っているところに、首の捻挫から回復したリュシアンがやってきてギターで伴奏をつけると言い出す。
⇒でもギターが無い。憤るプロモーター。プチガがギターが見つける。音楽教師とリュシアンが演奏の練習を始めるが、上手くいかない。
⇒そこに牧師がやってきて見事なピアノ捌きを見せる。
⇒さぁ演奏が始まるぞ、と思いきや、デジャニラが私はダンサーだから歌を歌えないと言い出す。
⇒さらに憤るプロモーター。
⇒と、突然場面が変わって、皆がサンバのリズムで踊る場面となる。ここはホントに至福の場面と言ってもよく、一体全体デジャニラの衣装はどこから出てきたんだ?、キラキラの飾りつけはどこから出てきたんだ?、何故この場面だけ照明が違うんだ?、などと細かいツッコミを入れる必要はありません。

■予言は当たるよ、どこまでも
menu_03.jpgジャック・ロジェが無手勝流に自由気ままに撮っている・・・と思ったら大間違いではなかろうか。
映画全体を見渡すと、意外なほどに計算して作劇していることがわかる。劇中人物は何にも束縛を受けず、自由に振舞っているように見える。
でも一定のパターンは存在していると思う。全ての行動には前フリがあるように思われてならない。
検札長ベルナール君がラストの方で、歌手デビューとNY行きの話を本気にし始めるエピソードが。でも最初にメキシコ人プロモーターが酒場にやってきて、「自分はNYの興行主だ」と自己紹介したときに、わざわざベルナール君の”キラッ”と輝く顔を捉えた顔面のアップショットを挟んでいるのだ。何も唐突にベルナール君は歌手志望をし始めたわけではないように思える。
メキシコ人プロモーターの到着にしろ、彼の到来は全くの唐突だったわけではない。ちゃんとその前に、駅の待合室の場面で、ダンサーのデジャニラが弁護士のリディアにメキシコ人プロモーターに手紙が届くかどうかを心配しているのだ。

もっとも顕著な予言の例。船乗りのプチガがダンサーのデジャニラと弁護士のリディアの電車での災難話を聞きつけて、まるで自分のことのように怒り出す。
プチガ自身は裁判に負けたリディアの友人の自宅に帰ってきたとき、皆の前でこう宣言する。「実は俺には計画がある。奴らを船に乗せて海に出してやるんだ。」とか言うのだ。そして映画のラスト本当に、プチガはベルナール検札長を船に乗せることになってしまう。但し、仕返しではなく”人助け”というふうに形を変えることにはなったが。

これら前フリのうち、最も重要な予言は弁護士リディアが法廷で行う長々とした演説にある、と私は見ている。
「昨今のフランス語のレベルは幾つかの階層化が進んでいる。言語レベルの障害とコミュニケーションの障害を解消すべきだ。」・・・みたいなことを、彼女は法廷でとうとうと述べていた。この長台詞は重要なのだと思う。
ズバッとこの映画の主題を言い切っているように思う。法廷の場面を最後に弁護士は、映画にとってあまり重要な役割を果たさず登場人物の後ろからついて回っているような感じである。ダンサー、プロモータ、弁護士仲間、検札長仲間、漁師仲間、・・・など社会的地位や価値観を異にする人間達を乱暴にごちゃ混ぜにし、コミュニケーションを生成させている。『メーヌ・オセアン』の映画のダイナミズムはまさにここである。

■反復される4回の痛切な別れ。
menu_04.jpgジャック・ロジェのバカンス映画では、最後に痛切な別れが待っている。ジャック・タチの『僕の伯父さんの休暇』では「来年もまた会えると良いですね」などと言って、次の再会を予感させながら、観光客がユロおじさんに別れを告げるのとは対照的に思える。『オルエットの方へ』のラストでは、ベルナール君は来年のバカンスに気持ちがいっているものの、基本的にジャック・ロジェのバカンスは、その年一回限りの出来事であって、繰り返しの効かないものだ。
『アデュー・フィリピーヌ』のラストで青年は兵役に就くために、船に乗りバカンスの地を後にする。二人の女の子が岸壁で手を千切れんばかりに振って、彼を見送る。岸壁で見送る二人の女の子のショットが何回もモンタージュされることがちょっと異様に思えた。青年を見送るというよりは、スクリーンを見つめる観客に向かって手を振っているかのような。

『メーヌ・オセアン』でのラストの別れは重層的だ。まず検札長ベルナール君が、ダンサーやプロモータや弁護士の一行を乗せた飛行機から追い出される。彼は一人さみしく滑走路で、豆粒のように小さくなった飛行機を見送る。検札長ベルナールはこれからの人生で、もう二度と彼らと出会うことは無いんじゃないだろうか。1回目の別れが痛切だ。
次にベルナール君は漁師プチガの船に頼って沖に出る。さらに遠くのナントを目指すため、途中で別の船に拾ってもらう。ここで漁師プチガとの別れが訪れる。プチガが遠くに消えるベルナールを見送る。2回目の痛切な別れ。
乗せてもらった船も浅瀬に乗り上げて動かなくなる。そこに小型のモーターボートが通りかかって、ベルナールは乗せてもらうことになる。漁船からモータボートが遠ざかってゆく。3回目の別れ。
モータボートで岸辺に近いところまで乗せてもらって、長靴を履いてジャブジャブと海を渡って、ついに陸地に降り立つ。走るベルナール。ベルナールがいくら走っても、カメラのフレームの中心に彼が捉え続けることがおかしい。ロングショットで捉えられて豆粒のように小さくなってゆく彼の姿は、滑走路を飛び立った飛行機が豆粒のように小さくなってゆくのと同質と思われる。ついに最後に訪れる4回目の別れ。
今まで『メーヌ・オセアン』に夢中になっていた観客は、ここでベルナールと別れなければならない。この別れは映画『メーヌ・オセアン』との別れである。終わらない映画はない。覚めない夢はない。痛切に観客に突き刺さる。

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

【2010/08/16 00:48 】 | ヨーロッパ映画 | コメント(0) | トラックバック(2) | page top↑
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No514『メーヌ・オセアン』~とてつもない疾走の果てに~
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「メーヌ・オセアン」ジャック・ロジエ
メーヌ・オセアンMaine Ocean 1986フランス 監督:ジャック・ロジエ 脚本:ジャック・ロジエ、リディア・フェルド 出演:ベルナール・メネズ(検札長)ルイス・レゴ(リュシアン)イヴ・アフォンソ(プティガ)リディア・フェルド(女弁護士)ロザ=マリア・ゴメス(?... Mani_Mani【2010/08/25 01:05】
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