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『プレイタイム』 ジャック・タチ監督
play.jpg巨匠と認知される映画監督は、理想を追い求めるために、費用と時間を目いっぱいかけて、究極の映画を作ることがあるらしい。黒沢明の『影武者』とかコッポラの『地獄の黙示録』とか。『プレイタイム』もしかりで、ジャック・タチ監督が広大なセットのビル(タチ・ビルと言うらしい)を建設したりして、壮大なスケールの映画だ。

ですが壮大な割には、映画の前半は非常に窮屈な印象を受ける。前半の舞台も、飛行場や会社のビル内部で展開されるが、その画調もネズミ色にくすんだ色彩で統一されていて、非常に重苦しい感じを受ける。アメリカ人観光客の女の子のバーバラもネズミ色のコートを着たままだ。

すみません。書いているうちに熱が入ってきて、凄く長ったらしい文章になってしまいました。読みたい御方だけ、以下の”続きを読む”クリックしてください。
■滑稽な機能性
play03.jpgその中でジャック・タチ演じる”ユロおじさん”がコミカルな演技を振りまくのだが、面白さが弾けるというよりは、滑稽さが際立つような演出になっている。
近代的な最新の設備に対して、ユロおじさんが翻弄される様子が強調される。『モダンタイムス』のような、ちょっとした文明批判が込められているのだろうか。
ちょっと形を変えてもムギュムギュ音を立てながら、すぐに元の姿に戻る、”形状記憶ソファ”とか、一体なんやねん、と思う。歩く歩調に併せてピョコピョコと頭のフードが動く、二人組の尼さんは可愛かったけどね。

ユロおじさんが訪れる会社のビルの設備では、過剰に行き過ぎた機能性が追求されている。
係の者が課長を呼び出すのに、無意味にボタンとランプが多く付いたコンピュータの盤面のボタンを操作しなければならない。で、ボタンを押し終わってできることといったら、相手とインタフォンで通話できるだけ、という。
そしたら画面の遥か奥の方から、革靴をカツカツと響かせて課長が、ユロおじさんのところまでやってくる。彼の到着を延々と待ち続けなければならない。

近代的なビル内部では機械が人間を支配しており、滑稽なまでに、行き過ぎた機能性に人間が縛られている。便利どころか、逆に不便をこうむっているようだ。
そして機能性を追求すればするほど、人間性は失われる。狭いスペースに隔離されて働く人間達の姿が、大俯瞰のショットで示される。

■どこが実用的なの?
play01.jpgまだ滑稽な機能性を示す場面は続く。
最新の商品の展示会場に、ユロおじさんとアメリカ人の観光客が到着する。
ユロおじさんは、パンフレットを勝手に持ち逃げしたと誤解される。説明係の男はユロおじさんに憤慨して、徐々に口調が怒気を帯びてくる。ついに近くにあったドアを怒りに任せて勢いよく”バーン”と叩きつけて閉める・・・はずが全く音が出ない。このドアは最新技術を駆使したドアであり、開閉の際に音を出さないようになっているのであった。

また別の展示場。”足元を明るく照らす機能の付いた掃除機”の説明をしている。「practical!」と客は声を上げるのだが、ライトを照らすために、乾電池2個と、それらを掃除機内部に固定するために、長ったらしいスプリングを挿入する必要がある、と。ちょっと待て。その長い長いスプリングのどこが実用的なんだよ、と言いたくなる。

展示会場を出たら、街でユロおじさんが戦友と出会う。
彼の住むマンションに招かれて、テレビを見たりするのだが、そのマンションというのは全面ガラス張りになっており、リビングの様子が道路から丸見えなのである。プライバシーもへったくれもないという。さらにマンションから帰ろうとしたら、ドアの開け方も分からなかったりする。

ここまで待たされた!やっとプレイタイムの本領発揮だ!。

■後半開始
今までが映画の前半。レストランに一向が到着したら、”プレイタイム”の始まりだ。
play02.jpgレストランの場面が始まると様相は一変する。前半まで、人間達は機械に”プレイさせられていた”が、”プレイする”側になる。レストランに次から次へと客が押し寄せる。レストラン側は客を捌ききれず、右往左往する。設計技師や店長の統率力も全く失われている。

通常、こうもサービスが悪いと
「どうなってるんだ!責任者出てこい!」
とか言って、客が騒ぎ始めると思う。もしここが日本のレストランだったら、絶対に客がクレームをつけ始めると思う。

が、『プレイタイム』ではそうならない。責任者とか全体を統括するものが、そもそも邪魔な存在なのだ。
客達は”レストランの機能”を停止しにかかるのだ。
「やれ!やれ!、やってしまえ!、壊してしまえ!」
と、画面に向かって、私は喝采を叫びそうになった。

この場面での全体のグルーブ感は本当に凄い。
好き勝手踊ったりして、”もう誰の指図も受けないよ”、という状態に突入する。レストランの店員も飲酒したりして、成り行き任せの状態になっている。その中心に居るのは、やっぱりユロおじさんであり、そもそも彼がドアを壊したり、内装を壊したりすることで、客の暴走が促進される結果に至る。

この場面でも相変わらず、小ネタが画面の隅々に注ぎ込まれているので、いちいち発見するのが楽しい。
老夫婦の目前まで魚料理が用意され、散々味付けされるのに、店員がトラブル対応に追われて、客に取り分けることができない、とか。
レストランの入り口付近に、邪魔な柱が立っている。店員が手をぶつけたり、ユロおじさんもこの柱にぶつかったりするのだが、この柱の中には空調設備の操作パネルが埋め込まれている。
で、その中のボタンを押したら、空調が回復する。溶け落ち始めていた飛行機の模型も、翼がシャキっと元通りになる。この場面はどうやって撮ったのか不思議なのですが、ひょっとしたら逆回し再生なのかもしれません。(周囲の人物の動きからすると、そう見えたのですが・・・どうでしょう。)

■鏡に反射する像
play00.jpgレストランでの狂騒が終わり、夜が明けて朝が来る。と同時にパリの様相も変わっている。映画の前半で見られたネズミ色の色調は消えて、カラフルな色彩が街を包みます。
『プレイタイム』での人口的に建てられたセットの造形において、重要なものは、ガラス窓であったように思います。映画の中で、ガラス窓に反射する映像がいくつも示されていました。

映画の前半、バーバラがビルから出てきて、ガラス製のドアを閉めようとしたら、ガラスのドアにエッフェル塔が映ります。あのような角度でエッフェル塔が映る現象は、実際にはありえません。大きく引き伸ばしたエッフェル塔の写真をドアの前に立てたのでしょう。
一夜明けて、店(多分、ドラッグストア)から出てきたときにも、今度はガラス窓に古代の建物が反射して映ります。
隣のビルのガラスに映った課長の姿を見つけて、ユロおじさんは隣のビルに行ったりもします。課長はガラスの存在に気づかず、鼻を打ち付ける場面もありました(後半は鼻にばんそうこうを貼ったまま、という)。
極めつけは、ラストの場面です。ガラス窓を清掃をしている男が、ガラス窓の角度を変えた時、バスの乗客が「きゃぁ~っ」と言って身体をのけぞらせるという。この場面は微笑ましくて、本当に好きです。

ユロおじさんからもらったスカーフの中に髪飾りが入っていたことに、バーバラは気付きます。彼女は振りむくしぐさを見せ、バスの窓越しに青空が捉えられます。何故、彼女は振り向くのか。理由は分かりません。ですが、このバーバラが振り向くショットが、私はもう好きで好きで観るたびに泣いてしまいます。

アメリカ人の観光客を載せたバスは空港を目指します(パリにわずか一泊二日の滞在だったのでしょうか?)
ブチっとショットが寸断されて空港は夜になっています。この夜の暗がりは、客席で映画を観ている我々を包む暗がりに繋がっていると思います。
黒い画面をスクリーンに残したまま、音楽だけが鳴り続けます。”プレイタイム”は映画を観終わった私たちにも、続いていきますように、という願いが込められているように思うのです。

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

【2010/08/10 00:38 】 | ヨーロッパ映画 | コメント(0) | トラックバック(2) | page top↑
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