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『ヒーロー・ネバー・ダイ ~真心英雄~』
hero.jpg 知人からビデオを借りていた、ジョニー・トゥ監督作の『ヒーロー・ネバー・ダイ ~真心英雄~』を鑑賞する。

 中盤までは、ヤクザ同志の抗争と、敵でありながら互い認め合う男たち(レオン・ライとラウ・チンワン)のドラマが展開される。よくある映画のパターンで、 私は余裕を持って観ていた。

 ところが、撃ち合いの場面が終わり(例によって暗闇での銃撃戦だ)、入院生活が始ってから抜群に面白くなってくる。下半身を切断したがクレーンで吊るされて船に乗せられる場面は、観ていてゾクゾクした。
全身包帯でグルグル巻きの女が出てくる場面の、カットの呼吸とか絶妙です。
ラストの銃撃戦でガラスの破片の飛び散り方が芸術的に美しい。

 肌ツヤが良く、目も輝いてて、外見上どうみても生きているように見える男(ラウ・チンワン)の顔面に、ハエを留らせるだけのことで、「これは死体です」、と納得させる演出力が凄い。以前、映画侠区で東京に行ったときに、山田宏一さんが仰っていたのは、この映画のことだったのか。

 あっぱれ、恐るべき映画だった。私がジョニー・トゥ監督の映画をリアルタイムで観始めたのは、『ブレイキング・ニュース』からです。かなり遅かったです。
 『ヒーロー・ネバーダイ』のような映画を、私は何故90年代に観てこなかったのだろう?香港映画は王家衛とかをもっぱら観ていましたね。惜しいことをしたものです。
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【2010/06/30 23:15 】 | 香港映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『身分証明書』『不戦勝』イエジー・スコリモフスキ監督60年代傑作選
mibun イェジー・スコリモフスキ監督(舌噛みそうな名前)のデビュー作『身分証明書』と2作目の『不戦勝』をシネヌーヴォにて鑑賞。1960代に撮られた作品。館内は男性客がほとんど。同じ東欧の監督でもキエシロフスキのように、女性客にも好かれる映画監督、というわけではないらしい。

 イェジー・スコリモフスキ監督といえば『出発』や『シャウト』などが有名ですが、ポーランドにおいてもスタジオの外に飛び出したような、ヌーベルヴァーグのような作品を撮っていた時期があったとは知りませんでした。
 しかもスコリモフスキ自ら、アンジェイという主役の男性を演じているとは。
 ジャック・タチ、イーストウッド、シュトロハイム、グル・ダッド、北野武、勝新太郎、木村卓司などなど、自分で映画を監督しながら主役もこなす、という凄い人が世の中にいるものです。スコリモフスキもその系譜に属する監督とは知りませんでした。

『身分証明書』の冒頭、焚き火をする男の姿が、影絵のように拡大されてヌッと建物に映し出される様子などは観ていて微笑ましかったです。あのドラム缶の内側に、きっと照明が仕込んであるのだな。

それはそうと、両作品を観て感じたのは、
 ・手持ちカメラの長回しのスタイル。カットは意地でも割らない。
 ・カメラのフットワークが異常に軽い。
 ・ピアノやジャズの音楽が次から次へと映画のなかでかかる。
 ・多種多様な生活音が、過剰に満ち溢れている。
                                     ・・・・ということである。

 カツカツと階段を足早に降りる男の足音、工場の外で建築資材がガチャーンと音を立てて放り投げられる音、などなど、何かがぶつかる音、何かが擦れ合う音に画面が満ちています。

 びっくりした場面。
 2階の屋外テラスのようなところで昼食をしていたアンジェイ(スコリモフスキ)が、突如、席を立ち上がり、ダーっと階段を降りてサーっと道路を走りながら、交通事故の傍らを通り過ぎて、質屋にたどり着くまで、カメラが併走します。どうやって撮影したのでしょうか。この時代に、そんなに機動性のあるステディカムがあったのでしょうか?

husennsyo スコリモフスキの映画は男性が主人公なのですが、その彼の運命に加担する女性が存在します。『身分証明書』での女性は、アンジェイと口喧嘩してばかりで、まだ運命に加担する存在には至っていませんが、『不戦勝』のテレサには『出発』のカトリーヌ=イザベル・デュポールの原型が見られます。
『出発』のジャン=ピエール・レオーは女の子と共に最後まで行動し、結局カーレースには出場できません。対照的に『不戦勝』のアンジェイはテレサを置き去りにして、列車から飛び降りてボクシングの試合会場に駆けつけます。列車とバイクが併走する場面は素敵でした。常に電車の方にカメラが置かれるという。

 最後のどんでん返しにはびっくりしました。まさか映画のタイトルそのままに不戦勝になってしまうとは。
アンジェイは「ゴングの音色が俺を熱くさせる」とかなんとか言っていたのに、彼の熱い情熱は腕時計とラジオという物質的な価値に置き換えられるという。
 凄い肩透かしだ。キョトンと立ち尽くすアンジェイの所在無げな姿が忘れ難い。ラストでドミノ倒しのように客席の長イスを倒しながら、地面に打ちつけられる様子も素敵だ。

 あ~、『バリエラ』と『手を挙げろ!』を観るのが今から楽しみになってきました。

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【2010/06/29 22:43 】 | ヨーロッパ映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『黄金花 ―秘すれば花、死すれば蝶―』
ougonka『黄金花』は痛ましい映画でした。植物学者の原田芳雄は、”黄金花”という花を探し求めています。劇中、原田芳雄がその黄金花に遭遇して心を奪われます。黄金花というのは、幻の不老不死の花との設定です・・・”黄金花”=”シネマ”という、あからさまな比喩と思われました。

ひとたびフィルムに取り込まれたら、時間が止まり普遍的に輝き続けるもの。朽ち果てることなく、永遠に観る者の目を虜にし続けるもの、それはシネマである、ということなのでしょう。丹下作善に扮した大河内伝次郎と、彼に寄り添う女優のブロマイドが画面に何度か登場するのが象徴的です。

シネマの世界の住人であった、かつてのスター俳優(三條美紀、長門弘之、松原智恵子、野呂圭介などなど)が年老いて、老人ホームに集まって暮らしているという。彼らに残された時間は僅かです。ある者は過去の想い出を捏造し、ある者は過去を悔いて生きています。この設定だけでも痛切な感じがしてきます。

占い師の老人(飯島大介)の死を端緒に、原田芳雄は幻想の世界に足を踏み入れます。舞台ステージのようなセットで幻想的な場面が展開されます。が、夢のように素敵な世界ではありません。戦争体験や過去の貧困の時代が前面に出されるということになります。日活で渡哲也や赤木圭一郎主演の娯楽映画を量産していた美術監督でも、最後にはそうなるのか。

90歳にて挑んだ初監督作品にて、過去の戦争体験を現出させようという試みは、やっぱり観ていて心が痛みます。やはりあの年代の人達の心の深層には戦争体験が、こちらの想像以上に深く刺さっているのでしょうか。
岡本喜八監督は、たびたび、戦争を娯楽映画に導入していたことが思い起こされます。

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【2010/06/28 22:53 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
「山根貞男 連続講座〈新編:活劇の行方〉3 木村威夫」
6月26日(土)神戸映画資料館に「山根貞男 連続講座〈新編:活劇の行方〉3 木村威夫」を観に行く。『黄金花 ―秘すれば花、死すれば蝶―』『ツィゴイネルワイゼン』『夢幻彷徨 MUGEN-SASURAI』の3本を鑑賞。どうも当日の体調が良くなく、眠気と頭痛と戦いながら観ました。

講座が終わったあと、山根貞男さん達と夕食にご一緒させていただく。『座頭市 THE LAST』に関して、香取信吾さんとのインタビューの模様など、興味深い話を聞かせて頂く。

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木村威夫さんという御方は、日活で撮影所システムが華やかりし頃に、腕を振るっていた美術監督だそうな。鈴木清順監督の荒唐無稽な世界を具現化してきたそうです。東映の井川徳道さんの特集上映のときもそうだったのですが、私は今まで美術監督という存在をあまり意識せずに映画を観てきました。

山根貞男さんが事前にDVD用意された、日活の映画の場面を観る。なかなか手の込んだ場面の選択。
たいがいカメラポジションが取り易く思える場面はセットでできているのですね。
それにしても『肉体の門』は撮影所内に建てられたオープンセットであり、カマボコ状の建物は撮影所の建物そのものだったとは。

『東京流れ者』はDVDで観ても面白い。かつて私は、新世界行楽劇場でこの映画を観て、狂喜乱舞したものだ。『東京流れ者』の歌詞を以前は暗唱できたものですが、すっかり忘れてしまいました。
忘れないように、以下に記しておきます。
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【2010/06/27 22:37 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
日本対デンマーク戦を見逃す。
ワールドカップのサッカーの日本対デンマーク戦は木曜日の深夜に、既に行われていたことを今朝になって知る。
今朝、電車に乗ったら通勤客が「3対1で勝った」とかしきりに言っていたので、何のことかと思った。
金曜日の午前3時にキックオフということは、金曜日の夜遅く、つまり土曜日の早朝のことだろうと勘違いしていた。まぁ、テレビを観る予定は無かったけど。
【2010/06/25 19:55 】 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『アウトレイジ』
outrage ファーストシーンで黒ずくめの男たちをカメラが横移動でなめてゆく。あぁっ、何かが始りそう、というワクワクしそうな予感が高まる。そして(國村隼)と大友(ビートたけし)を乗せた車が、集団から少し遅れて道路の向こう側から現れる呼吸など、間の取り方は相変わらず上手いと思う。
道端での麻薬の取引の現場をロングショットでじっくり見せる。或いはトイレで射殺の任務を遂行し終えたスーツ姿の殺し屋が、高いところから降りて革靴を履く場面でじっくりと靴下を捉える、など、いつも通り、間合いをしっかり取って映像を組み立てようとしている。

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ところで『アウトレイジ』は暴力描写が凄惨極まりないという前評判であったが、ちっとも、そうは感じられない。
北野監督の初期作品で見られた生々しい暴力は消失し、代わりにスプラッタ描写が全面に押し出されることになる。この暴力描写はちょっと作り過ぎではないか、と思えるようになってきた。この傾向は『Brother』あたりから顕著になってきたように感じる。

『アウトレイジ』の暴力描写は、血しぶきが派手に飛び散っているだけのことであり、暴力の本質には迫っていない。見え透いた暴力描写である。ちぎれる指先、噛み切られる舌、耳に刺さる菜箸、などの暴力描写が全て”作り物”にしか見えない。
 いや、暴力をあえて作り物の見世物にしているように思えた。暴力描写・人体破壊描写を笑いに転化することはできるか?ーーーそれが本作のテーマとみた。
”お笑い暴力映画”というか”スプラッタ・コメディ”みたいな、得体の知れない領域に突き進もうとしている。そんな悪趣味な、と思われるでしょう(特に女性客はついていけないでしょう・・・)。

 がしかし、アウトレイジ』の笑いの呼吸は実際素晴らしい。
カッターナイフで指が詰められるか?と木村(中野英雄)が敵ヤクザにあおられる⇒木村は「やってやらぁ!!」意地になってカッターナイフで指を詰めようとする⇒しかしやっぱり無理なものは無理。出来るか~!!・・・という呼吸は観ていてホントにおかしい。本人は必死なんだから、笑っちゃいけない、と思いながらも笑ってしまう。

『アウトレイジ』でヤクザを演じる役者達が”スプラッタ暴力”に励む様子が、実に生き生きとしているように見える。浴室にヘビを閉じ込めるとか、ささいな悪事に励む彼らは実に楽しそうだ。
 取調室で大友(ビートたけし)に対して、刑事(小日向文世)が大きな態度をとる。がしかし同僚が部屋から出て行ったら、あっというまにビートたけしの逆襲に合う展開なども素晴らしい。

 極めつけは、あの妙な外国人は何だ? いくらなんでも、あんないい加減な大使は実在しないでしょう。死体を乗せた車が検問に引っかかったとき、石原(加瀬亮)が流暢な英語で返答しようとしているのに、隣で「モウイイデショ」と日本語で答えた時は、本当に笑った。
 『お~い、みんなやってるか』『監督ばんざい』のようにコメディの体裁をとった映画にも関わらず、笑いが高らかに炸裂することはなく、どちらかというと殺伐とした笑い、スカした笑い、乾いた笑いを醸し出していた。映画の体裁を暴力映画としたとき、笑いが弾けるとは、逆説的で興味深い。

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【2010/06/21 23:36 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『アウトレイジ』を観に行く
mint
ワールドカップの日本vsオランダ戦が行われている最中に、私は三宮駅前にあるOSミントシネマに『アウトレイジ』を観に行く。夜の20:00から上映開始だ。世間はワールドカップで盛り上がって浮かれているかもしれんが、私は映画を観に行く。
世間は『座頭市 the last』を見殺しにするだろうから、私はサッカーよりも映画に肩入れする。これが映画ファンの正しい道だ、と自分に言い聞かす(←単にへそ曲がりなだけ)。

場内は観客が10人前後。女性客は2、3名しかいない・・・。
映画は十分に楽しめた。

家に帰ってテレビをつけたら、日本vsオランダ戦は後半20分過ぎまで経過していました。結局最後までサッカーを見ましたけど。

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【2010/06/20 23:52 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『沓掛時次郎 遊侠一匹』
kutukake大阪シネヌーヴォでの美術監督”井川徳道”の特集上映にて鑑賞。フィルムの状態は絵も音も良好でした。
一心太助の頃に比べて少し険の入った表情の中村錦之助、幸薄そうな池内淳子、肝っ玉姉ちゃんの三原葉子が絶品です。
映画は後半、悲劇に向かって突っ走ってゆきます。前半での渥美清のコメディリリーフぶりが非常に楽しいため、ますます後半の悲劇がより引き立ってくるようになっています。

映画全体に、赤い色が目につくようになっています。斬られるヤクザの血、吐血する池内淳子の血、机の花瓶に挿された赤い花、内職する池内淳子が塗る赤い人形、宿屋に置かれた作りかけの赤いダルマ人形・・・などなど。

この映画をスクリーンで鑑賞するのは2回目or3回目になりますが、毎回新しい発見があるものです。今回気になったのは、人物の背景に”青空”が写っているショットが多いということです。冒頭、旅カラスの中村錦之助と渥美清が画面の奥から手前に向かって歩いてきます。渥美清は自分の仁義の口上が中村錦之助アニキに比べて恰好悪いとか何とか言いながら、実に微笑ましい光景が繰り広げられます。

この場面において中村錦之助と渥美清の背後に青空が広がっており、平面的な画作りになっています。よくみると、立体的な画面から、一転して、平面的な画面に変わるというパターンが2回ほどあるように思えました。

船上で池内淳子が柿を配る場面。名高い場面ですが、画面手前に中村錦之助が居て、背後に池内淳子、さらに背後に船客が身を寄せ合うという、非常に立体的な画作りになっています。
この船渡しの場面はロケで撮られています。するとカットが変わって、明らかにセットで組まれたと分かる野道の場面になります。子供を肩車した中村錦之助と池内淳子が歩きながら、中村錦之助は故郷について語ります。このとき背景は明らかなホリゾントになっています。
ホリゾントにはわざとらしく青空が描かれていて(縮尺もちょっと狂っているように思える)、画面の平面性が際立つようになっています。

映画のラスト、喧嘩の助太刀を終えたで中村錦之助が池内淳子の待つ宿に帰ってきます。このとき池内淳子は2階に位置しており、中村錦之助は2階に続く階段を登りかけたところで彼女の死を知らされます。上階に置かれたカメラは、階段の中途にひしめく中村錦之助と宿屋の主人とその妻を捉えます。立体的な構図の中に人がギュッと詰め込まれたような印象です。
すると次のカットで2階になります。劇的な変調がそこで起こります。墨をうったように真黒な背景の中に中村錦之助と床に伏した池内淳子が浮かび上がります。このときの唖然とする中村錦之助の表情が忘れ難いです。

立体的から平面的にショットが切り替わり、その平面的構図に男と女を収めることによって、彼と彼女の二人だけの世界がより際立つようになっているように思えました。

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【2010/06/20 19:46 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『座頭市 THE LAST』を観に行く
zatouiti6/18(金)に三ノ宮の神戸ミントシネマに『座頭市 THE LAST』を観に行く。
実を言うと、観に行く予定をしていなかったのですが、周りの映画ファンが褒めたたえるので、観に行きました。そしたら見事な傑作だった。やっぱり実際に見てみないと、映画の良し悪しは分かりませんね。危うく見逃すところでした。
だのにですよ、20:30からの上映のとき観客は私を含めて僅か3名でした。どうなっているんだ一体。映画ファンはどこに行った?ワールドカップでも見ているのでしょうか?

『座頭市 THE LAST』が素晴らしいと言っているのは、映画ファンだけなのでしょうか。世間では『座頭市 THE LAST』に対するマイナスイメージが強いらしく、
「香取慎吾の演技が陳腐すぎる」「演出がひどい」「これでラストにしていいのか?」などなど、批判を受けているそうです。はて一体全体、誰がこのような言っているのでしょうか。世論は誰によって誘導されているのかしら。実に困ったことです。黒沢清や北野武の映画も90年代後半までは、観客があまり入らなくて、熱心な映画ファンだけで盛り上がっていたことが思い出される・・・。

今まで私はあまり阪本順治監督作品とは相性がよくなかったのでした。『亡国のイージス』や『闇の子供たち』が世間で言われているほど優れた作品なのか、私にはイマイチ良く分からなかったのです。どちらかというと、苦手な映画監督の部類に入っていたという・・・
しかし『座頭市 THE LAST』は最初の5分だけ観ただけでも、私にもその凄さが分かりました。

■最初の戦闘場面を思い出してみます。

竹林で座頭市(香取慎吾)が斬られて叫び声を上げる
↓↓↓
次のショットはタネ(石原さとみ)の顔のアップ。遠くを歩いていた彼女がそのかすかな叫び声を感知し、顔をこちらに振り向かせる。
↓↓↓
次のショットで、竹林から飛び出した香取慎吾が、もんどりうって脇道で横倒しになる様子がスローモーションで捉えられる。
↓↓↓
続くショットで竹林の脇道にヤクザ衆がぬっと姿を現す。

これらのひとつひとつのショットが織り成すアクションの呼吸が画面に見事に息づいています。観ていて、私は手に汗を握りました。

そしてカメラはゆるやかに上昇し、ロングの俯瞰ショットになる。このロングショットが撮れるかどうかで、作品の質が決まるとさえ言ってもよいでしょう。見事なロングショットです。大変気持よかったです。

ちょっとまだ頭が冷静になっていないので、落ち着いたらまた感想を書きます。もう一度観に行こうかしら。

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【2010/06/19 09:41 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『影の軍団 服部半蔵』
  kagenogunndan

 『影の軍団 服部半蔵』との出会いは今から10年以上も前に遡ります。
 当時私は二十歳の大学生でした。近所のレンタルビデオ屋に、その『影の軍団 服部半蔵』が置いてありました。ビデオのパッケージに映っていた、プロテクターを身にまとった忍者の姿がとてもカッコよく、心がときめきました。
 アメフトをモチーフにした忍者アクション、というのが宣伝文句でした。きっと新感覚のアクション映画が観れるに違い、とワクワクしながらビデオを借りて観たのですが・・・「何だこりゃ?」というのが当時の感想でした。
 アメフトの肉弾戦になぞらえたアクションシーンがこの映画の大きな見せ場なのですが、その集団アクションの場面は、映画の中盤にたった一度きり行われるだけなのです。ラストで渡瀬恒彦が敵ボスの緒方拳を倒しても、建物が崩れるどさくさに紛れて斬り殺したという感じがして、何のカタルシスも生じない。
 そのかわり、親兄弟の愛憎劇に焦点を当てた人間ドラマが展開されるのです。肩透かしをくらったような気分になりました。逆光の気味のショットや望遠ショットなど、工藤栄一監督のこだわりは良く分かりましたが。

 今回、久々に改めて見直したのですが、色々と感じ入るものがありました。要するに『影の軍団 服部半蔵』は身内の生存をかけたギリギリの家族映画なのです。渡瀬恒彦は忍者一味の親玉です。身内を束ねる家族の長です。その家族は絶えず迫害を受けていて、江戸の街で逃げ隠れながら生き延びなければならない。

 忍者アクションがこの映画の本質ではない。一族の子孫を未来に残せるか、というテーマが『影の軍団 服部半蔵』には潜んでいます。徳川家の安泰を図るために、将軍の御世継ぎは何としても守らなければならない。服部半蔵たちも子孫を残さなければならない。渡瀬恒彦の子を身籠る森下愛子が痛々しいです。

 ラストの対決の場面。渡瀬恒彦は江戸城の一角に立てこもる敵の甲賀忍者と対決します。正面からわたり合っては不利だ、ということで決戦当日よりも前から、仲間(蟹江敬三だ!)を江戸城に侵入させます。蟹江敬三は建物を破壊する工作に(ノコギリをギコギコと柱にひいて)精を出します。
 危険と背中合わせになりながら、蟹江敬三はこんな手の込んだことを、どうしてわざわざする必要があるのか?・・・ずっと長年の疑問でした。そりゃまぁ、建物が崩れたら、絵的には面白いだろうけど。

 甲賀忍者が全滅させた渡瀬恒彦は、建物が崩壊するさなか、将軍家の御世継ぎを救出します。何かを生み出すために、何かを著しく破壊すること。建物がガラガラと崩れ落ち、子供が救い出される光景に”出産”のイメージを見てしまうのです。

 敵に勝利した代わりに、服部家の身内の忍者を全て死なせてしまいます。渡瀬恒彦は最後にたった一人になります。彼はこれからどうやって生きてゆくのでしょうか?

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【2010/06/13 23:50 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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