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韓流サロンVOL.28 報告
tige.jpgtidimi.jpg

キテンさんでの初の韓流サロンを無事に終えました。

参加者は総勢13名でした。

キテン店主さんとお手伝いの御方が作られた鍋料理やチヂミや豚足は大変おいしゅうございました。


『反則王』ですが、面白いコメディでした。

観てて思ったのですが、あぁこの監督さんはホラーが好きなのかなぁ?と感じました。

プロレスのジムにソン・ガンホが最初に訪れる場面とか、ホラーめいた怪しい撮り方をわざわざするという・・・。ピンポンをやっている音からして、いちいちホラーっぽい段取りになっているという。



部長がソン・ガンホにトイレでヘッドロックをかける場面。部長の体をカメラからオフにしてソン・ガンホを便所に引きずり込もうとするところも、ホラーっぽい文体でしたね。

あとはフォークが頭に刺さって鮮血がピューっと吹き出る場面とかも、妙にホラーっぽかったかなぁ。
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【2007/01/30 23:21 】 | 韓流サロン | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『僕は妹に恋をする』
 初日に観て来ました。『僕は妹に恋をする』は実に痛ましい物語だった。以下、第一印象を勢いだけで、一気に書きます。↓↓↓
※文章があまりにもひどかったので修正しました(1月22日)。

■3人目の双子
bokuimo1.jpg 物語の時間軸が数年間にわたる『blue』や『ココロとカラダ』と違い、『僕は妹に恋をする』には一組の男女の頼(松本潤)と郁(榮倉奈々)に生じた変化の過程が1~2週間のごく短期間内に凝縮されている。
 『blue』以来の作法として髪を染める高校生は存在せず、男女を問わず学生は全て黒髪であり、黒髪と黒ネクタイを白い制服にいっそう映えさせながら『僕は妹に恋をする』の若者達は安藤尋の抑制の美学に収まっている。
 痛ましく受苦的な表情を顔面に湛えた榮倉奈々が素晴らしいのは言うまでもないが、それにしても彼女の身長が他の女子高生の誰よりも高く、相手役の松本潤と隣り合った場合に両者の身長がほとんど同じ背丈に並ぶという事態をどう捉えるべきだろうか。
 大袈裟なメイクもなされず、女の子らしい小道具(例えば髪飾りや指輪といったような)を廃した榮倉奈々は見ようによっては男子にも見え、懊悩する松本潤の方が女性的な色気を放っている。
 『blue』と『ココロとカラダ』がそうであったように、そもそも安藤尋監督が描いてきた”恋愛関係”は男女間に収まりのつくものではない。頼と郁が互いに抱く感情は、かつて二人は一心同体だったというところから来るものである。安藤尋監督が拘るのは、恋愛に似ながら、恋愛を超えた、特別の関係であったはずだ。
 ここに矢野君(平岡祐太)の存在が浮上する。
 彼は本当に郁を好きなのか・・・。頼が郁を好だから、自分も彼女のことが好き、みたいな。彼の内面は空虚ではあるまいか?
 常に頼の傍らに寄り添いながら、郁と積極的に三角関係を形成するでもなく、男同士の携帯の写真を見てにやけたりもする、とらえどころのない矢野という男が『僕は妹に恋をする』の鍵を密かに握っている。
 ラスト近くの場面。郁と楠木に去られて頼が屋上に一人取り残される。『blue』の市川実日子ならばすぐに小西真奈美の後を追ったが、『僕は妹に恋をする』の頼はどうすることもできない。彼の背中を押すのは矢野君だ。
 矢野君が頼に近づく。二人は終始、目を合わさない。自問自答のように一方的に頼が発する言葉に合わせ律儀に矢野君が言葉を返すので、会話が不思議にも成立してしまっている。
 この場面の両者の去り際で、彼らは合わせ鏡のように互いに背を向けて立つ。ホモセクシャルと決め付けるには早い。ややっ、彼こそ精神的に連帯した3人目の双子だったのではないか。

■暗闇に包まれた校舎
bokuimo2.jpg それにしても大胆な画面だった。学校の廊下や放課後の教室は本当に暗かった。こうも画面の暗い映画はそうお目にかかれない。フィルムの感度の限界に挑戦しているような凄い映画だ。役者の顔に光が当たらなくて、顔が真っ暗という事態はそこかしこに生じている。凄いぞ鈴木一博さん。多分、スタッフは不安で仕方なかったと思う。ちゃんと写っているのか?、みたいな(笑)。
 がしかし、最後に頼と郁が約束の場所に来る場面では晴天であり、明るさに包まれた光景であった。二人は決して結ばれることは無いということが明白になったとき、頼と郁は残酷なまでに明るい風景に取り囲まれている。
 郁と友達が「補修の授業が最悪だよ」などと言いながら廊下を歩く場面で、後退撮影のカメラの車輪が電気コードか何かの障害物に当たってガタっとカメラが一瞬だけ揺れた。電線みたいなものが何故に廊下のあんなところに走っていたのでしょうか。
 あと頼と楠がラブホテルの一室に居る場面で、広角カメラなので、ベッドに横たわる楠の姿が平面的でべちゃっとしていたかな・・・。
 いや、別にどうでもいいことです。しょうもないこと書いてすみません。

■体内回帰願望?
bokuimo3.jpg 『僕は妹に恋をする』には安藤尋印のが出てこないという事態をどう考えるか? 『ZOO』での動物園という設定でさえ、ちっとも動物園らしく見えず、森の中に男女が迷い込んだような印象だったというのに。
 『僕は妹に恋をする』では、今までの安藤尋作品で見られた森の迷路あるいは海の開放空間というものがどこにもなく、劇中人物は「世界中で二人きりみたいだね」という言葉通りに、空間がぽかんと広く、それでいて閉鎖的な空間に身を置く。
 学校が舞台とはいえ学生が教室で勉強する場面はほとんど見受けられない(諏訪太郎が英語教師役!)。 安藤尋監督にとっての学校とは、誰も人のやって来ない屋上であり、誰にも見えない場所に位置する体育館の2階であり、誰にも邪魔されない理科室であり、ひとりぼっちの放課後の教室である。
 頼と郁が結ばれる極端な長回しの場面を見よ。役者の顔の表情が辛うじて判別できるかどうかという暗闇の深さと、異常に狭苦しい空間はいったい何なのか。彼らは母親の胎内に居るのではなかろうか。
 母親の胎内にいるかのような錯覚は学校にも波及してゆく。夕闇に包まれる放課後の教室を見てみよう。全ての窓がカーテンで塞がれているので外界とは遮断されている印象が強いが、それでいて夕闇の暖色系のうっすらとした光により教室内は、母性的な温かみに包まれている。
 先に帰った郁を追いかけて頼が教室に駆け込む場面。放課後という設定なのに何故か教室の窓が全て開いていて、びらびらとカーテンが風に揺れる。
 『blue』の小西真奈美と同じポーズで身をかがめながら、楠(小松彩夏)が頼に口付けする。この風が『blue』で市川実日子と小西真奈美がキスする場面の海辺で吹いていたものと同じものだと気づくと感動的だが、楠と頼の二人の顔は真っ暗でよく見えない。そこが『blue』との違いだ。
 母親の胎内で起こることは二人だけの秘密なのであり、第三者の踏み込む余地はないのである。

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【2007/01/22 01:51 】 | 映画監督 安藤尋 | コメント(0) | トラックバック(7) | page top↑
『dead BEAT』
t-deadbeat.jpg 新世界のトビタ東映で観たのは数年前のことなので、だいぶ記憶が定かではないのですが、思い出しながら無理やり書くことにする。
 でも印象的な場面は良く覚えている。男を惑わせるファムファタール然とした真野きりあ、森の中での疾走など、後の安藤作品にもたびたび現れる彼のこだわりはあちこちに散見できる。関係ないが、画面の画質とラストの縦書きのエンドロールなどから察するに、東映ヤクザ映画を模したのだろうか。

 どっちにしたって90年代後半、黒沢映画の常連俳優となり、かつVシネのスターに君臨していた時分の哀川翔は最高だ。しかし『dead Beat』で我々が目にするのは、哀川翔ならざる哀川翔なのであり、哀川翔がこうも寡黙な役柄をあてがわるのは珍しい。死のビートは極めて静かに奏でられる。監督の安藤尋と脚本家は過去のVシネにおける哀川翔の役回りを外した地点からドラマを立ち上げ、哀川翔の静かな存在感に賭けている。
 妻子もちの父親という設定にしては、哀川翔が家族と触れ合う場面はただのひとつも存在せず、妻と子が寝ている様子を見守る程度だ。
 哀川翔は喫茶店のマスターの役なのに接客する場面がひとつもなく、せいぜい店内を整えている場面しかない。閉店後の後片付け、もしくは開店前の準備の様子だけが描かれているのだ。彼は何かの準備をしているのだろうか。だが何の?・・・
 破滅志向の根津を敵にし、漠然とした脱出願望を持つ村上を仲間に持ちながらも哀川翔は、根津の破滅に付き合うわけでも、村上の脆い夢に付き合うわけでも無い。根津はヤクザに追われて逃げるだけなので両者の対決ムードはいささかも高まらない。上手く立ち回って金を巻き上げれば借金が返せて楽になれるのにそうもせず、哀川翔は自分の負の部分を時間をかけてゆっくりと清算するつもりだ。ラスト、瀕死の根津と哀川翔が向き合う場面。
   哀川「幸せそうだな。」
   根津「ああ。あんたは?」
   哀川「幸せだよ。家族もいるし、借金もあるしな」
 これは『借王』に出演し、家族も持ち裕福になった哀川翔の実人生を照らし合わせた言葉なのだろうか。いや、そんなわけはないか。

 などという邪推はさておき、ラストの撃ち合いはVシネならざる描き方だ。轟いた銃声の数よりも明らかに死体の数の方が多い。転がる大量の死体から考えても短時間の内にあれほどの殺戮がなされたとは考えにくい。哀川翔主演のアクション映画と聞いてスタッフは大量の血糊、及び弾着用の火薬を用意し始めたに違いない。
   安藤監督「いや、俺は撃ち合いを撮るつもりはないよ。」
   助監督「・・・」
 会話を生々しく想像することができる。

 などという邪推はさておき、殺戮の場に到着する前になぜ哀川翔は車を止めたのか。従来のVシネでの哀川翔の役回りからすると、あの穴の開かれた床下には、かつて殺害したヤクザの腐乱死体が埋められているか、もしくは来たるべき戦いに備えて大量の手榴弾、バズーカ砲、マシンガンなどの武器が隠されてしかるべきだ。しかし彼は戦いに参加するでもなく、ただ見守ることしかせず日々の生活に埋没する。彼が選ぶ道は緩やかな消滅なのだ。

 すみません。あんまり思い出せませんでした。細部に誤りが混じっていると思いますが、ご容赦下さい。TUTAYAにビデオ置いてないかな?

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【2007/01/20 00:15 】 | 映画監督 安藤尋 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
映画侠宴Vol.5 お知らせ
映画狂宴の主催者のライリー警部さんからのお知らせです。

 あなたはアブラム・ロームの一端に触れる。
 昨年のロシア・ソヴィエト特集のとりあえずのエンディングとして、あのアブラム・M・ロームの珍しい3作品を上映します。
 この人の全貌を誰かが明らかにしてくれると期待し続けて10年以上経ちました。ビデオではありますが、そのホンの一端に触れて、来るべき日に備えておきましょう。

1.jpg  2.JPG  3.JPG
上の画像の左から順に、
「ранатовый браслет」 仮題:「ガーネットのブレスレット」
「Цветы запоздалые」 仮題:「咲きおくれた花」
「Нашествие」      仮題:「侵入」

●日時:2月11日(日曜)12:30~順次上映
●場所:PLANET STUDYO PLUS ONE パイロット・ギャラリー 3階
●会費:約1000円(機材費 3,000円  貸しスペース代 10,000円 等 参加人数で割り勘)
 なお休憩は、いつもどおり皆様の疲労度や都合を見て適宜にします。
【2007/01/18 00:26 】 | 映画侠区(映画鑑賞会) | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
映画侠宴Vol.4 バスター・キートン映画鑑賞会
 映画狂宴Vol.4のバスター・キートン映画鑑賞会を見に行く。バスター・キートンの映画は殆ど観たことがなく、その奥の深さを僕は良く知らないので申し訳ないのです。とりあえず第一印象を書き綴ってみる。
 僕はかつて子供の頃、よくNHK教育テレビでチャップリンの喜劇を観たものだ。チャップリンの喜劇というのは、笑いの中に愛や勇気が散りばめられていて誠に教育的だったように思う。貧乏でも誠実に生きてゆこう、みたいな。
 それはそれで良いことだと思うが、バスター・キートンの喜劇に教育的なものは一切含まれていない。体を張ったギャグ、映画的な装置を駆使したギャグ、要するにギャグ単体で存在する喜劇に見える。暴力的だとも思う。こういう類をスラップスティックと呼ぶのだったろうか。
 チャップリンの喜劇はチャップリン氏のキャラクターによって成立しているが、バスター・キートンの喜劇は山の急斜面、変てこな船、階段、防火服などの装置によって成り立っているようだ。
 バスター・キートン氏が山の急斜面を転がり落ちピュ-っと空中を飛んで木にしがみつく、沈没寸前の船がクルクル回転するのに合わせてバスター・キートン氏が船底で転げまわる、というギャグは笑えるのだが、笑うだけで済まされないアブなさを感じる。狂気の沙汰と紙一重なような。
 どこからともなくわらわらと集まってくる警官の人数の多さにゾクッとした。いくらなんでもやり過ぎだ。一体全体あんなにも夥しい数のエキストラを集める必要がどこにあったのか。やっぱり、どこか常軌を逸していると思う。

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【2007/01/15 00:43 】 | 映画侠区(映画鑑賞会) | コメント(3) | トラックバック(0) | page top↑
2006年洋画ベスト
 昨年は『弓』やケン・ローチの新作など、話題作を多々見逃してしまい、ベストなどを書くのは本当に厚かましいことだと思うが、厚顔を承知の上で、インパクトの強かった順に映画を並べました。 但し『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』は別格だ。本当はこれらがベスト1、2なのだが、それだと面白みに欠けるのでこれらを除外しよう。ウフっ。

■洋画ベスト
 ①『柔道龍虎房』(ジョニー・トウ)
 ②『ブレイキング・ニュース』(ジョニー・トウ)
 ③『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(デヴィッド・クローネンバーグ)
 ④『マンダレイ』(ラース・フォン・トリアー)
 ⑤『スネーク・フライト』(ディヴィッド・R・エリス)
 ⑥『チャーミング・ガール』(イ・ユンギ)
 ⑦『うつせみ』(キム・ギドク)
 ⑧『アメリカ 家族のいる風景』(ヴィム・ヴェンダース)
 ⑨『ミュンヘン』(スティーブン・スピルバーグ)
 ⑩『ブロークン・フラワーズ』(ジム・ジャームッシュ)

他にも印象に残った映画は下記のとおり。
『ウォーク・ザ・ライン 君に続く道』『オリバーツイスト』『16ブロック』『グエムル 漢江の怪物』『ぼくらのバレエ教室』『鈴鈴の電影日記』『単騎千里を走る』

 ①~⑤まではバカ映画の傑作と呼びたい。ってバカ映画とは何か?もちろん愚かな映画を指すのではない。 う~ん、どう言えばよいものか。
judo.jpg 大多数の他人にとって、どうでもいいようなことに全力を注ぎながら、観る者を感動の極地に誘う映画、と言ったらよいでしょうか。
『柔道龍虎房』での大勢の猛者がスローモーションで地面に叩きつけられる馬鹿馬鹿しくも素晴らしい集団アクション。 『ブレイキング・ニュース』での、そこまでするかと呆気にとられるほど素晴らしい長回し撮影。 『ヒストリー・オブ・バイオレンス』の殺し屋の主役のあきれるほど手際の良い電光石火のアクション。ヴェンダースやスピルバーグを押しのけて、これらを上位に位置させたい衝動にかられたのでありました。

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【2007/01/12 00:19 】 | 私的ベストテン | コメント(4) | トラックバック(1) | page top↑
2006年邦画ベスト
loft 無理やり邦画のベストテンを挙げてみました。
 今年は邦画をあんまり見ていませんでした。特に『蟻の兵隊』『時をかける少女』『ストロベリーショートケイクス』を見逃したのが痛恨です。この3本の公開時期、たまたま仕事が忙しかったり、出張していたりして映画どころでなかったのです。
 『LOFT』ですが、黒沢清は口ではホラーと言っているが、恐怖から怪奇の側へとシフトしてきているのかな、と思ったりもしました。

■邦画ベスト
 ①『紀子の食卓』(園子温)
 ②『LOFT』(黒沢清)
 ③『サンクチュアリ』(瀬々敬久)
 ⑤『暗いところで待ち合わせ』(天願大介)
 ⑥『武士の一分』(山田洋二)
 ⑦『花よりもなほ』(是枝宏和)
 ⑧『ありがとう』(万田邦敏)
 ⑨『ゆれる』(西川美和)
 ⑩『手紙』(生野磁郎)

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【2007/01/10 22:53 】 | 私的ベストテン | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
『暗いところで待ち合わせ』
kuraitokoro2.jpg 冒頭、クレーンショットで外からミチルの部屋にカメラがすーっと入っていくところから引き込まれた。盲目の少女の触覚であるかのようにカメラが家の中を舐めて回る。熟練の技術を感じる。
 ミチルの住む家の窓から駅の線路が見渡せて、また駅の線路の側からも窓辺に立つ彼女の姿を見ることができる、という素晴らしいロケーションがある時点で映画の成功が約束されているように思う。
 井川遥が線路からヌゥっと現れたのには、おぉっとなった。転落死の情景は何度も繰り返されるが、最後に不気味な相貌をまとった井川遥の登場の仕方に言い知れぬ感動を覚えた。そしてスローモーションで引き伸ばされる井川遥の疾走の全身を使った躍動振りも素晴らしい。
 非常に不謹慎かもしれないが、故今村昌平監督の晩年の作品より、こっちの方が好きかも。

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【2007/01/05 00:34 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
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