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10月の韓流サロン報告(10月29日実施)
10月の料理

総勢6名。
2年間で150本以上の韓流ドラマや映画を鑑賞したという、韓流フリークの御方が参加。 豊富な知識量に感服しました。

今回の韓国料理はかなり辛かったです~。

『ペパーミント・キャンディ』は重層的な映画のつくりなのですが、とても深みのある映画でした。イ・チャンドン監督の凄さを改めて知りました。
カメレオン俳優ソル・ギョングの若作りも素敵でした。
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【2006/10/31 23:05 】 | 韓流サロン | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『ペパーミント・キャンディ』
ペパーミント・キャンディ かつて小説家だったというイ・チャンドンの映画は『オアシス』しか観ていなかったので、どんな監督さんなのか、どんな映画に影響を受けてきたのかは良く知らない。
 『ペパーミント・キャンディ』を観るとひょっとして彼は北野武を観ているのか、とまず感じた。いや多分私の思い込みに違いない。無知の恥をさらすだけと分かってはいるが、とりあえず私の思い込みに従って書き綴ってみよう。
 『ペパーミント・キャンディ』でイ・チャンドンはカメラをほとんど動かさない。どっしりとした固定カメラは初期の北野武の構図を思わせる。そして執拗な暴力描写は『その男凶暴につき』を思わせる。拳銃が放たれ車のフロントガラスにひび割れる場面が『ペパーミント・キャンディ』にあるが、北野映画の全ての作品に見られる描写だし、さらには群山での犯人逮捕の追っかけっこの様子は、やはり『その男凶暴につき』の逮捕劇を思わせる。ほかにも、自動車の中で拳銃自殺を図ろうとするのは『ソナチネ』から、自転車がぐるぐる回るのは『キッズ・リターン』を踏まえてのことだろう。ややっ、よく見たらソル・ギョングの顔がどうにも大杉蓮に見えてくるではないか。

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【2006/10/30 01:14 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
10月の韓流サロン、お知らせ
VOL.25『ペパーミント・キャンディ」』
1999年/韓国:日本(NHKエンタープライズ21協力)/129分

監督・原作・脚本 イ・チャンドン
出演 ソル・ギョング、ムン・ソリ、キム・ヨジン
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■解説
 イ・チャンドン監督は「グリーン・フィッシュ」(1996)で衝撃のデビュ-を遂げた後、本作品「ペパーミント・キャンディー」において韓国のみならず国際的な評価を確固たるものにした。
 この作品で生み出されたソル・ギョング(「オアシス」「燃ゆる月」)、ムン・ソリ(「オアシス」)の名優コンビは最新作「オアシス」(2002)でも共演。演じるたびに違う役柄になりきり、カメレオン俳優として高い評価のあるソル・ギョングが主人公キム・ヨンホの20年にわたる半生を見事に演じ切り、観るものに強い印象を与えている。
 この作品は20年間の韓国現代史を背景に、ひとりの男が絶望の淵から人生の最も美しい時間までを遡ってゆくという手法によって描かれている。小説家出身の監督ならではの深い人間描写によってこの作品は世界中で多くの人々の心を掴んだ。

■ストーリー
 人生の全てに行き詰まり、線路の上で向かってくる列車に立ちはだかって「帰りたい!」と叫ぶキム・ヨンホ(ソル・ギョング)。冒頭の衝撃的なシーンから、列車はレールを後戻りし、彼の人生も巻き戻されていく。成功と堕落、失った家庭、兵役時代に遭遇した光州事件、人生を狂わせた悲劇、そして互いに想いを寄せながらも、結ばれることのなかった初恋の人スニム(ムン・ソリ)への愛・・・。辿りつくのは人生の一番美しかった、あの時代であった。

■日時・場所
10月29日(日)17:00開始
参加費 500円(ドリンク)希望者のみ韓国料理
場所:ORGANIC CAFE BAR HIKARI
神戸市中央区山本通3 電話078-222-1470
【2006/10/29 23:03 】 | 韓流サロン | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『アカシックレコード』
 大阪の心斎橋にあるカフェ裏CO2にて鑑賞。
 本作は光と闇の2項対立の映画である。光に満ちた地上世界と地下の世界(実際、大阪の梅田駅周辺の地下は迷路のように入り組んでいて凄いのだ!)の間には、元宇宙飛行士の男が地上に出ようとしたら指先が焦げるくらいに、『光る目』(J・カーペンター)のような厳然たる境界が存在する。
 映画の終盤近く、都会の中心部の空中に巨大なスピーカーが現れる。『ナショナルアンセム』において、不発弾の発見を契機として平凡な世界が崩壊へ突き進んだように、『アカシックレコード』はDJが操るビートの効いた音楽のリズムに乗りながら、世界を混沌に陥れようと企ている。
 が、やっぱり徹底度が弱いと思う。DJに導かれて踊り狂っていた地下世界の住民は、ラストに地上に出ても、巨大なスピーカーを見上げて立っているだけで特に何もしない。『ソドムの市』(高橋洋)のように、拡声器を搭載した大型爆撃機が都市の中心部に現れて市民が皆狂って殺しあう、みたいなハチャメチャな展開を期待してしまうのだ。DJが「ねぇ知ってる?死ぬことと踊ることは一緒なのよ。」と言うわりには、踊り狂う地下の住民の様態に、或いは映画そのものに死の香りが漂って来ない。踊ることは何なのか、死ぬこととは何なのか、という人生の価値観に関する命題が表現の域に達していない。
 。あれほど地上に出ることを拒んできた元宇宙飛行士は地下鉄を使ってあっさりと地上に出てしまい、スペースシャトルの発射のイメージ付け加えられる。世界の混沌の図と元宇宙飛行士の救済が今ひとつしっくりとリンクせず、魑魅魍魎な地下世界が平凡な地上世界にはみ出して世界に混沌を招こうとする意思の力も薄いように思う。だが、地下を出て地上を通過しさらに宇宙へとスケールを拡大するほどに、西尾孔志の野心は強いのである。
 『アカシックレコード』ついて西尾孔志監督は「詰め込みすぎた。」と仰っていた。題材的には1時間以上の尺が必要な気もするが、分散気味になることを承知の上で西尾孔志監督は敢えて詰め込んだのである。

テーマ:西尾孔志 - ジャンル:映画

【2006/10/28 10:34 】 | 映画監督 西尾孔志 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『レディ・イン・ザ・ウォーター』
water なにやら宗教めいた匂いを感じなくもない『レディ・イン・ザ・ウォーター』だが、ハリウッドでお金をかけてミニマルな物語を作るシャマランの主義は健在だ。
 人物が会話するときも単純な切り替えしをすれば良いんじゃないですか、その場面はそんなにたっぷりと間をおく必要があるのかな、という気もしてくるが、そこはそれシャマランの作家性がそうさせるのだろう。でもシャマランの映画でいつも思うのだが、スローモーションはイマイチかな。韓国のポン・ジュノのスローモーションは見事に決まるものだが。
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

【2006/10/15 23:01 】 | アメリカ映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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