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『宇宙戦争』 S・スピルバーグ
war 『宇宙戦争』はトム・クルーズとダコタ・ファニングの”地獄巡り”なのだ。世界が滅びる傍らで、この親子は人間の持つ嫌~な面を見なければならないという(特に群集シーン)。親子はどんなに危険な目に逢っても死にません。人は地獄に落ちたら死ぬことはない。その代わり生きながら嫌~な体験をしなければならないのだ。
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【2006/01/25 11:49 】 | アメリカ映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『チャーリーとチョコレート工場』 ティム・バートン
choko 見れば判ることだが、『チャーリーとチョコレート工場』の場合、チョコレートとは”シネマ”の比喩とみて間違いあるまい。チャーリー少年のお祖父さんが言う「かつて夢のような工場があった」というのは、30年台や50年代のハリウッドの夢の工場を指すのだろう。
 なにしろ『チャーリーとチョコレート工場』のチョコレート工場の門が開かれ、工場見学の子供達を出迎えるやいなや、ティム・バートンは『生血を吸う女』(ジョルジュ・フェッローニ)をかますのである。チョコーレートが『2001年宇宙の旅』(s・キューブリック)のモノリスを模していたり、いきなり『サイコ』(A・ヒッチコック)が始まってしまったり、工場内部は映画史のパロディの愉快な氾濫に溢れている。
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【2006/01/23 11:44 】 | アメリカ映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『女は男の未来だ』 ホン・サンス
mirai 世が世ならエロ映画の巨匠のように思われかねないホン・サンスだが、割と僕の好みだったりする。さらに言えば前作の『気まぐれな唇』の方が個人的に好きだったりする。前作の『気まぐれな唇』の主役のキム・サンギョンの周囲に醸し出されていた”おかしみ”が『女は男の未来だ』には欠けており、男と女の関係に一段と生々しさが増している。
 『気まぐれな唇』のキム・サンギョンを始めとしてチュ・サンミ、イェ・ジウォンなどは、ユーモアの味付けでディフォルメされていたように思う。が、『女は男の未来だ』のユ・ジテ演じる大学教師のちっちゃさは本当に現実にもこういうタイプの人間が居そうに思えてしまう。私個人の感覚かもしれないが、どうだろう。
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【2006/01/22 11:39 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
『男たちの大和』 佐藤純彌
yamato  戦艦大和が勇ましく戦う映画と思っていたら全然違っていて、戦艦大和の全体がどんな戦いをしているか、なのではなく、戦艦大和のある一部分の機銃座を巡る少年兵たちの人間模様を描くドラマだった。
 どうして、中村獅童は、病院から脱走して大和に乗ることができたのか、どうして、大和が負け戦を挑みに行かねばならぬ、と一般人まで了解済みなのか、話の設定に少し無理があるような気もちょっとするけど。でも平和な世の中ってつくづく良いなあ。恵まれてます。
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【2006/01/20 11:38 】 | 日本映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
『ブレイキング・ニュース』 ジョニー・トウ
braking 冒頭7分間にわたる長回しが凄い。長回しと言ってもアンゲロプロス的な重厚なやつではなく、『ロープ』(A・ヒッチコック)系の目まぐるしいやつですね。なんでまた銃撃戦をワンシーンワンカットで撮ろうと決めたのか知らないけれど、文句無く凄い。誰か一人でも役者がアクションをミスったら、或いはスタッフが弾着のタイミングをミスったら、全てがパーではないか。なんだか運動会のような慌しい長回しだ。香港映画の人たちは凄い共同作業にチャレンジする。
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【2006/01/16 11:14 】 | 香港映画 | コメント(0) | トラックバック(2) | page top↑
『ココロとカラダ』 安藤尋
kokoro 『ココロとカラダ』にいわく言い難い「暗さ」が纏わりついているのは、安藤尋監督が廣木監督の弟子にあたり、ポルノ映画の世界を通過しているからなのかもしれない。だが『ココロとカラダ』で「暗さ」よりも「異常性」が際立っているように思います。本作のヒロインの知美の異常っぷりは『月光の囁き』の水橋研二の異常っぷりにも似てはいないか。

サゾとマゾの高みへ
 知美の行動原理は徹底している。知美の好きな恵子が負った傷を自分も同じように負うというものだ。時制を過去にずらしたラストの場面は、少し解釈しづらいですが、知美はレイプ犯を埋めようとして現場に戻ってきたのだろう。彼女が慕う恵子に傷を与え、許し難く殺す他ない犯人の男を逃がしてしまい、呆然となってスコップを落としたのでしょう。そして知美は嘘を隠し持ったまま恵子の傷を自らにも課してゆく。東京に出た二人の関係はサゾとマゾに変化している。

部屋の薄暗さへの誘惑
 『blue』の安藤監督と撮影の鈴木一博がかくも厳格な演出主義者であったことに、今更ながら気付く。劇的な展開を排除して(総じて劇中人物の発する会話の声には抑揚がない)、室内の居る人物の挙動が長回しで捉えられる。
 『ココロとカラダ』のほとんどの場面はアパートの一室で展開される。アパートの部屋のカーテンはたいがい閉じられており室内は暗い。さらに電気ヒーターが常に点いていて、照明の濃淡が生じやすくなっており、光と影の陰陽が知美と恵子の顔に刻まれる。少女の顔が光に照らし出される。これは...『ヴァンダの部屋』だっ!。
 浴室でシャワーを浴びている知美に、恵子が浴室の外から、己の暗い胸の内を吐露するシーン。浴室の電灯を浴び明るく姿が浮かび上がる知美、対して暗がりで立ちつくす恵子は影だけの存在となっている。かつ光と影の対比が見事。 シャワーを浴びる知美の耳に、浴室の外にいる恵子の声が聞き取れるはずがないが(恵子はぼそぼそと小声で呟くように話している)、彼女達はちゃんと通じ合っている。

水平線のない海
 同じようにラストに海が出てくる『blue』と比して『ココロとカラダ』様相が異なる。『blue』のラストに映し出された海の向こうの水平線が、本作にあって視界に現れることはない。
 『ココロとカラダ』の結末は知美に委ねられる。車内で居眠りからハっと目覚めた知美は、誘拐してきた女の子の居場所を確認しようと身を起こす。そして知美は女の子の姿を確認し「恵子、行こう。」、と台詞を発した後に続く、自動車と海と女の子を捉えたたショット。
 奇妙なことに、女の子のは自動車の隣に位置しており、知美の運転席から姿は見えない場所に居る。知美は女の子を見ずに、海を見つめていた。『blue』の桐嶋はビデオ画像の中に2度とやり直しのきかない過去を見て取っていたが、『ココロとカラダ』の知美はナマの海を見据えていている。彼女の視線は未来を見据えているように思うのだ。

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【2006/01/14 11:04 】 | 映画監督 安藤尋 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『京風ニキータ 女スパイ 由紀子』 安藤尋
 何故に女スパイが京都弁を話すのか、何故に魚の体内にトランシーバーが埋め込まれているのか、などと少しばかり沸いてくる疑問については、それらは単なる捨て身のギャグに過ぎぬのだろう、と述べて済ますこととして、やはり『京風ニキータ女スパイ由紀子』で問題となるのは部屋の中に人物がわずか二人しかいないことである(※注1)。
 しかしながら『京風ニキータ』の登場人物が女スパイとその夫の二人だけであっても大丈夫、平気、全然気にならない。ついでに照明の量が足らないため、室内の蛍光灯の光のせいで画面が少し緑色になっていても、大した問題ではない。『blue』以来、安藤尋が拘って描き続けるのは、たった二人の人物のシンプルな関係性の変化なのだ。
 『京風ニキータ』でひっかかるのは、女スパイが開き直って正体を明らかにする場面である。何故に彼女は「ハハハハハ」と笑いを保ちながらわざわざ冷蔵庫に行き、そこで赤い靴下を身に付ける必要があるのか。すぐに正体を晒すのではなく、そこで何故にワンテンポの間が入るのか。そして、京風のおっとりとした女性から、べらんめえ口調の野放図な女スパイに変身するためのアイテムの赤い靴下とは、ホントに必要だったのか。
 無意味とも思えるこの行為は、実は安藤尋作品の女性にとってなくてはならぬものなのだ。『pierce』での主役の女性のマリオがピアスを刺したように、『blue』での市川実日子が少女から画家に変身するときに水道のホースで頭から水をかぶったように、『ココロとカラダ』でのが、マゾの女へと変身するときに浴室でシャワーの水をかぶったように、安藤尋作品の女性達は決意を胸に秘めたとき、その身に何がしかの準備を施さなければならないのだ。 これを変身のための儀式と呼ぼう。やっぱりあの赤い靴下は必要だったのだ。

※注1: 部屋の中にたった二人の人物を配し、彼らの関係性の変化をじーっと撮影するジャ・ジャンクーという恐るべき映画監督が中国にいる。

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【2006/01/12 10:58 】 | 映画監督 安藤尋 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『四月の雪』 ホ・ジノ
sigatu 『四月の雪』はホン・サンスの前2作と比べて、映像の文体が大きく異なっていたので戸惑いました。アップもありズームもあり。また今回はカット尻が短い場面が多いように感じました。
 象徴的なのはぺ・ヨンジュンとソン・イェジンが酒を飲みながら「私達不倫しましょうか?」という言う場面。きっちりリパースショットで互いを撮っていました。『八月のクリスマス』や『春の日は過ぎゆく』などではイ・ヨンエとユ・ジテの恋人同士の二人を絶対に切り返して撮るものか、他の凡百の恋愛映画とは志が違うのだ、という気迫のようなものも画面から感じられたような気がします。ホ・ジノ監督も新たな境地に立ったのでしょうか。これを進歩とみるか、後退ととるか、人によって見方が別れるかもしれませんね。
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テーマ:韓国映画 - ジャンル:映画

【2006/01/11 10:47 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
『ランド・オブ・プレンティ』 ヴィム・ヴェンダース
land2 すみません。ヴェンダース作品を観るのは本作が初めてです。勉強不足甚だしいのですが、『ランド・オブ・プレンティ』は良かったです。観ているこちらが頑張れと言いたくなる映画。ゴダールは学生に講義するとき、映画スターの写真を並べるという人を食ったやりかたをしているのに、ヴェンダースは牧師さんに説教させるのですよ。なんて誠実なんでしょう。話せばわかる、みたいな。何故かこの種のセンスには惹かれます。
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テーマ:映画レビュー - ジャンル:映画

【2006/01/10 23:42 】 | ヨーロッパ映画 | トラックバック(1) | page top↑
『世界』 ジャ・ジャンクー
sekai 『一瞬の夢』『プラットホーム』『青の稲妻』と寡黙な作風を貫いていたように思いますが、『世界』はビジュアルとサウンドをかなり前面に押し出してますね。アニメのパート(何故か携帯画面を出すとき必ずアニメになるという)は、わざとチープに作っている感があります。建設ビルの背景で飛行機を合成画面で飛ばしたり、噴水の水に色をつけたり、ラストの工場の煙突から出てる炎も変な感じだったな。画面をあっちこっちいじくるのは、ちょっとジャ・ジャンクーらしくないな・・・、と思いながら観ていました。
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

【2006/01/09 14:55 】 | 中国映画 | トラックバック(2) | page top↑
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