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『弓』
yumi.jpg 『悪い男』のヤクザが声を失っていたように、『コーストガード』の娘が言葉を喋らないように、『受取人不明』の女子学生が眼の力で全てを語ってみせたように、『うつせみ』の男女が互いに言葉を交わすことなく愛が成立したように、『弓』の老人と娘は言葉を発せぬまま親子の、もしくは男女の関係を維持している。
 この娘(ハン・ヨムル)に老人は言葉を教えていないという設定なのか、とも最初思ったがそうではなく、命がけの占いの結果が娘の口から老人の耳元へ密かに告げられる。一切の発語を禁じながらも老人と娘の深い関係性を描ききるキム・ギドクの演出力は流石だ。いや『うつせみ』を撮ったキム・ギドクにしてみれば、これくらいのことは朝飯前なのだ。
 若い男の登場によって娘と老人の関係に軋みが生まれる。娘が入浴を嫌がり、老人が風呂場を出て胡弓を夜の船上で奏でる場面あたりから、あぁ、そっち方面にいってしまうのか、と思った。海に浮かぶ船の上での撮影と照明はきっと大変なことだったことだろうと想像できる。天候という大問題にも直面したはずだ。
 が、キム・ギドクの資質はそうではないと思うんだが、どうだろう。混沌とした世界でドロドロの人間模様が展開され、その混濁の中で映像美が炸裂する、というのがキム・ギドク映画の魅力ではないかと個人的には思っている。映像美と言っても綺麗なものではなく、『受取人不明』で女子学生の通学路にほふく前進するアメリカ軍の兵隊が横切る、みたいな異様な光景を捉えた映像美に私は惹かれているのだ。うーん上手く言えないが。
 小悪魔的な魅力を存分に湛えたハン・ヨムルは勿論素晴らしい。結婚とはいえ老人は娘とプラトニックな関係を望むが、娘にとっての結婚とは肉体の実感を伴う。一人取り残された船上で眠る娘の股間に弓が刺さり、娘が喘ぐところから、あ、やっとキム・ギドクのペースが戻ってきた、と頼もしく思えてきたのであった。
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【2007/04/28 23:11 】 | 韓国映画 | コメント(1) | トラックバック(6) | page top↑
『つぼみ』
tsubomi.jpg 映画の冒頭、カメラがイ・ジョンヒョンの足元からティルトして彼女の全身を捉えたとき、あぁこの映画決まり、と思った。何かに取り付かれたようなイ・ジョンヒョン。魂は破壊されたけれども肉体は生き残っている、という状態をイ・ジョンヒョンが体現する。本当にこの人は気がふれているのではないだろうか、と観ていて何度も思った。
 白黒フィルムの光州事件の再現が悪夢のように恐ろしい。薄暗い路地裏を撮っていたカメラが、ふいにそのまま広場に向けられる。露出オーバー気味の画面の中に、抗議デモの群集の人々の顔の輪郭がぐにゃぐにゃと潰れてひしめき合う。ゾッとする映像。突如、銃弾が飛び交ってばたばたと人が倒れてゆく。「Gwangju massacre」(光州事件の英語表記)とはまさにこのことだ。
 光州事件を調べにやってきた運動家の学生達はイ・ジョンヒョンにたどり着けない。あの虐殺事件は事後解釈で分析できるような生易しいものではなく、韓国の片田舎に残された深過ぎる傷なのかもしれない。
 しかしこんな映画を作ってチャン・ソヌのその後の監督としてのキャリアは大丈夫だったのだろうか。『つぼみ』のような映画を作ったあとでは、『バッドムービー』『LIES』のような実験的な作風に転向するしかなかったのではないか、などとチャン・ソヌには呪われた作家というイメージを抱いてしまう。『レザラクション』はひどく退屈な映画と聞くが、私は観ていない。
 『つぼみ』のDVD化の話も聞かない。お国事情は良く分からないが、タブーに触れる何かがあったのだろうか。

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【2007/03/26 23:49 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『ペパーミント・キャンディ』
ペパーミント・キャンディ かつて小説家だったというイ・チャンドンの映画は『オアシス』しか観ていなかったので、どんな監督さんなのか、どんな映画に影響を受けてきたのかは良く知らない。
 『ペパーミント・キャンディ』を観るとひょっとして彼は北野武を観ているのか、とまず感じた。いや多分私の思い込みに違いない。無知の恥をさらすだけと分かってはいるが、とりあえず私の思い込みに従って書き綴ってみよう。
 『ペパーミント・キャンディ』でイ・チャンドンはカメラをほとんど動かさない。どっしりとした固定カメラは初期の北野武の構図を思わせる。そして執拗な暴力描写は『その男凶暴につき』を思わせる。拳銃が放たれ車のフロントガラスにひび割れる場面が『ペパーミント・キャンディ』にあるが、北野映画の全ての作品に見られる描写だし、さらには群山での犯人逮捕の追っかけっこの様子は、やはり『その男凶暴につき』の逮捕劇を思わせる。ほかにも、自動車の中で拳銃自殺を図ろうとするのは『ソナチネ』から、自転車がぐるぐる回るのは『キッズ・リターン』を踏まえてのことだろう。ややっ、よく見たらソル・ギョングの顔がどうにも大杉蓮に見えてくるではないか。

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【2006/10/30 01:14 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
『オー!スジョン』その2
オースジョン2 会話劇をよりスムーズにするためのホン・サンスならではの小道具でありながら、リアルな会話劇の中にあって最も不自然に配置されるのは食べ物である。
 通常の日常生活で私たちは、ホン・サンス映画の劇中人物のように、あんなにしょっちゅう飲み食いしながら喋っているわけではない。場面が居酒屋なら食べながら会話するのは自然な振る舞いだが、ホン・サンス映画にあっては劇中の彼らはどこに居ても必ず食べ物を口にしながら会話する。或いは食器やビール瓶などを食べ終えた残骸がテーブルの上に必ず残っている。
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【2006/09/24 23:15 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『オー!スジョン』その1
オースジョン1 どうして『オー!スジョン』が白黒映画なのかと問われれば、この映画の主題が記憶のあやふやさを巡るものだから、ととりあえず答えておこう。いや或いは冬の映画だからか。まあいい。
 前半部はジェフンの、後半部はスジョンの記憶の再現なのだから、色づいた光景が画面に拡がっていては記憶の不確かさが阻害されかねない、というそれなりの配慮だろう。
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【2006/09/23 23:13 】 | 韓国映画 | コメント(1) | トラックバック(1) | page top↑
『グエムル 漢江の怪物』
グエムル2 ブラックコメディでした。まともにはやっていない。不謹慎な笑いの要素が随所にみられる(特に葬式の場面)。娘の奪還という誰にも分かりやすい直線のドラマに持っていくのではなく”すかし”や”ずらし”が多用されている。
 ここぞという場面のスローモーションは、いつもながら見事に決まる(特にラストは、ほとんど全部スローモーションだ)。
 ポン・ジュノ監督の作劇を支えるものは「追走」と「逃走」のドラマだ。『ほえる犬は噛まない』のぺ・ドゥナが走り回っても真犯人が分からないように、 『殺人の追憶』の刑事達が容疑者を間違って逮捕し続けるように、『グエムル』の家族がいくら探し回っても、娘の居場所にたどり着けるはずがない。
 目的に近づきたくても近づけず、無駄走りが引き伸ばされる過程で新たな側面が顔を見せ、別のドラマに横滑りしてゆく。いつものポン・ジュノ監督の作法は怪物映画であろうとも健在だ。

 グエムルは大して凶暴に暴れ回らない。エイリアンやプレデターのように明確な敵意をもって人を攻撃するのではなく、捕食のために人間を襲うという、怪物ではなく生物の扱いである。(特に前半の襲撃の場面では、動物園から凶暴な野生動物が逃げ出して人々がパニックになっているような感じ。)
 被害者の家族が逆に怪物扱いされ、当局に手配されて世間を敵に回す、というずらし方は優れた着想だ。そして世間の無自覚な差別意識、在韓アメリカ軍への異議申し立て、学生紛争への言及という方向にずれてゆくのですが、スムーズに流れていったかどうか。どうでしょう?。

 ラストに最大の肩すかしが観る者を待ち受ける。「娘を救出する物語」から「怪物を退治する物語」に急にシフトする。家族にとって重要なのは娘の生死だったはずで、怪物退治は軍隊に任せておいてもよい話だ。しかも怪物への復讐に執念を燃やしていた父親はいない。
 兄弟は娘の死に立ち会って、どうしてもっと悲しまないのだろう?
 葬式の場面では大げさに嘆き悲しんでいたのに(ギャグと紙一重ですが。この場面でポン・ジュノ印の飛び蹴りも出ます)。父親と娘を同時に失った兄弟の怨念が、もっとグムエルに向けられても良いと思うが、敢えてそうはせず、怪物を退治しても大きなカタルシスは生じないようになっている。

 このずらしかたこそがポン・ジュノの持ち味だ。
 後に残るのは、世間の白眼視を受けた男と、世間から仲間はずれにされた子供の孤独な魂だ。彼らは親子関係に収まっている。TVを消す。そんなものはどうでもよい。どうせ偏見に満ちた間違いだらけの情報しか流さないから。
 それよか目の前の幸せを実感できるかが大切だろ、とポン・ジュノは問いかける。

 余談ですが、
 「生き残った方が人類の敵だ」(『ゴジラ対ビオランテ』)みたいに、世間から孤立した怪物の長兄(ソ・ガンホ)と生態系からはみ出た怪物のグエムルの、はみ出し者同士が最後に一騎打ちで勝負を決める、みたいな展開を思わず期待してしまった。(勝った方にさらなる孤立が降りかかるという哀しい物語)。

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【2006/09/05 00:41 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(5) | page top↑
『うつせみ』
うつせみ 『うつせみ』素晴らしかった。主役の男女がほとんど喋らないんですよね~。
 『サマリア』と『魚と寝る女』は腹を立てながら鑑賞し、キム・ギドクは映画祭が祭り上げた人工的なスターだろう、と勝手に思い込んでいた。『コーストガード』は面白かったけど少し胡散臭くも思え、そして『受取人不明』に驚愕し、今回改めてキム・ギドクの凄さを知った。
 『うつせみ』ですが、窮地の女性を助けるために男性が劇的な変化を遂げる、という基本的なお話の構造は今までと同じだ。
 『サマリア』では刑事の父親が殺人者に身を落とし、『受取人不明』では男子学生が、女子学生を貶めた相手に復讐するために刑務所にまで行く。
 『コーストガード』で目に見えぬ幽霊に変貌を遂げたチャン・ドンゴンのように、『うつせみ』の男は自身の存在を消してして人妻を救出する。
 がしかし『受取人不明』や『サマリア』のような悲劇的な結末に至るのではなく、かといって『悪い男』のような男女の逃避行的・倒錯的な愛に転倒するのでもなく、『うつせみ』の男女は平穏な愛情関係に収まる。
 過激な描写で話題を集めてきたキム・ギドクが『うつせみ』で愛の物語を奏でたことに深く感動する。

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【2006/06/13 23:29 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
『女は男の未来だ』 ホン・サンス
mirai 世が世ならエロ映画の巨匠のように思われかねないホン・サンスだが、割と僕の好みだったりする。さらに言えば前作の『気まぐれな唇』の方が個人的に好きだったりする。前作の『気まぐれな唇』の主役のキム・サンギョンの周囲に醸し出されていた”おかしみ”が『女は男の未来だ』には欠けており、男と女の関係に一段と生々しさが増している。
 『気まぐれな唇』のキム・サンギョンを始めとしてチュ・サンミ、イェ・ジウォンなどは、ユーモアの味付けでディフォルメされていたように思う。が、『女は男の未来だ』のユ・ジテ演じる大学教師のちっちゃさは本当に現実にもこういうタイプの人間が居そうに思えてしまう。私個人の感覚かもしれないが、どうだろう。
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【2006/01/22 11:39 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
『四月の雪』 ホ・ジノ
sigatu 『四月の雪』はホン・サンスの前2作と比べて、映像の文体が大きく異なっていたので戸惑いました。アップもありズームもあり。また今回はカット尻が短い場面が多いように感じました。
 象徴的なのはぺ・ヨンジュンとソン・イェジンが酒を飲みながら「私達不倫しましょうか?」という言う場面。きっちりリパースショットで互いを撮っていました。『八月のクリスマス』や『春の日は過ぎゆく』などではイ・ヨンエとユ・ジテの恋人同士の二人を絶対に切り返して撮るものか、他の凡百の恋愛映画とは志が違うのだ、という気迫のようなものも画面から感じられたような気がします。ホ・ジノ監督も新たな境地に立ったのでしょうか。これを進歩とみるか、後退ととるか、人によって見方が別れるかもしれませんね。
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【2006/01/11 10:47 】 | 韓国映画 | コメント(0) | トラックバック(1) | page top↑
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